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/ DOS/V Power Report 1997 February / VPR9702A.ISO / FFILLY / TOKYOS / SB2NEW.TXT < prev    next >
Text File  |  1996-11-19  |  12KB  |  325 lines

  1.  
  2.              砂漠の果て     【トットの森】
  3.    
  4.           第1章 TOKYO・CITY    1
  5. -------------1------------
  6.  「おかあさん、玲子よ。わかる。」
  7.  どこかで遠い声が聞こえた。答えようとしたが、ケイは思う
  8. ように、声がでないもどかしさを感じていた。
  9.  「おかあさん。聞こえる。」
  10.  再び、声がした。
  11.  「手術は成功したんでしょうね。」
  12.  「大丈夫ですよ。麻酔がまだ、聞いてるんでしょう。もうし
  13. ばらく待ってみたらどうですか。」
  14.  落ち着いた男の声だ。娘の玲子がふたたび声をかけた。
  15.  「玲子よ。おかあさん。手術は終わったの。助かったのよ。」
  16.  やっとの思いで、手を差し出すことができた。
  17.  その手を暖かい娘の手が強く握り返した。
  18.  「先生。お母さんが気が付いたみたい。」
  19.  玲子の声が明るい。重い瞼をゆっくりあけるとぼんやりと娘
  20. の姿が見えた。
  21. カーテンをあける操作を誰かがしたのだろう。室内は急に明る
  22. くなった。
  23.  「ここは、どこ。」
  24.  「何を言ってるの。母さん。お母さんは電子機械神経症にか
  25. かって、ずっと、入院していたのよ。先生が手術してなおして
  26. くれたの。」
  27.  「手術。」
  28.  まったく、なにもおぼえていない。
  29.  「長い、治療期間中、ほとんど、何も話をしないようになっ
  30. て、自分の中にこもってしまっていたから。」
  31.  「そう。」
  32.  ドーム型の窓の外には、トチョウ遺跡の高い尖塔が遠くに見
  33. えた。
  34.  「空が、青いわね。」
  35.  信じられないくらい綺麗な空の色だとケイは思った。
  36.  「もう、大丈夫ですね。あとは、体力の回復を待つだけです。
  37. 長い闘病生活で、いろいろと変化があったでしょうが、じき慣
  38. れてきますよ。一時的に記憶が失われるのも、この病気に特有
  39. の症状ですが、たいして、日常生活の障害にはならないはずで
  40. す。」
  41.  医者らしい男が玲子に話した。
  42.  「お嬢さんが、ずっと、看護をしてくれたんだよ。この病気
  43. の患者さんがたくさんいるから、あなたの手術の順番が1年も
  44. 回ってこなかったからね。」
  45.  部屋の中は紫外線ライトで照らされ、所狭しと植物が並べら
  46. れていた。地球では、屋内に植物を置くことが義務づけられて
  47. いる。減ったとはいえ有害紫外線が降ってくる屋外では植物を
  48. 成長させることができないため、生活スペースの空き部分に小
  49. さな植物の苗が置かれ、成長すると屋外に植えかえられる。1
  50. 年から長いもので5年ほどの期間で屋外の植物は枯れていった。
  51. 地下の広大な植物園だけでは、酸素供給量に限界があるのだ。
  52.  
  53.  しかし、地球は危険状態を脱しようとしていた。政府の発表
  54. ではあるが。
  55.  
  56.  「わたし、なにも病気のことをおぼえてないのよ。」
  57.  玲子に聞いた。
  58.  「しばらく、母さんは何も話さなくなっていたのよ。ずっと、
  59. 目を開けて眠っているようだった。ときどき、お花に水をやる
  60. ことがあったくらいよ。まるで、外界に反応しなくなっていた
  61. の。」
  62.  ケイにはまったくその記憶がなかった。
  63.  「ときどき、ケイレンを起こして、そのときだけは大変だっ
  64. たわ。」
  65.  「そう。ごめんなさいね。苦労かけたのね。」
  66.  入り口のドアがシュッと音をたてて、消えた。
  67.  「気がついたか。」
  68.  外は寒いのだろうか、牛皮の黒いコートを着て、深々と帽子
  69. をかぶった男がはいってきた。紫外線よけのマスクをかぶって
  70. いるせいで、誰だかケイにはわからなかった。
  71.  「パパ。もう、大丈夫だって。」
  72.  「そうか。」
  73.  「あなた、ごめんなさい。病気だったって。」
  74.  紫外線よけの銀色のマスクをとるとケイの夫、ダンの顔がみ
  75. えた。この病気のせいだろうか、妙な違和感があったが、まち
  76. がいなく、あの、結婚式の日に緊張のあまり、階段から転がり
  77. 落ちた、おっちょこちょいのケイの夫だった。
  78.  「そうか、大丈夫か。」
  79.  医者はダンが入ってくると静かに部屋をでていった。また、
  80. シュッと音がして、ドアがしまった。
  81.  
  82.   窓の外のトチョウ遺跡はまた、いちだんと色を変えていた。
  83. 酸性の雨のせいで、建造物の風化の速度は速い。地下にある建
  84. 物が生活の基本となっているが、まだ、一部の建造物は地上に
  85. 残って機能している。現在も使われている地上建造物の寿命は
  86. 5年だと報告されていたが、少しは伸びたのだろうか。
  87.   トチョウ遺跡は、鉄骨が遠くから確認できるほどの荒廃ぶり
  88. だった。一部の古代遺跡のなかには、地下に移設されて保存さ
  89. れているものもあるが、地下の空間が限られるため、すべての
  90. 施設を移動するわけにはいかないのだ。
  91.  
  92.  あの歴史書に記載されている大きな地震にさえ、完全に崩れ
  93. ずにのこった当時の建築遺跡のなかでも最大級のものだ。
  94.  まだ、残っている世界中の都市にも、似たような天をも貫く
  95. 高さの建築遺跡が残っている。当時は太陽にどんどん近づくも
  96. のを建築することに熱心だったようだ。太陽が優しかった頃と
  97. TOKYO・CITYの歴史書が名づけた時代の産物だった。
  98.  
  99.  そのころは、子供たちは太陽が昇ると屋外にでて、日が暮れ
  100. るまで遊んだということだ。
  101.   今は、屋外探検にでるのは日が沈んでからが通例で、危険を
  102. 冒してまで、屋外観光をする輩はいないだろう。明るい中でみ
  103. る遺跡が本来の姿だろうが。
  104.  
  105.  この病院も地上に建っている。
  106.  窓から、地上を見ることのできる建物は珍しい。ケイの病気
  107. の治療には屋外の風景を見せることが必要だっただろうか。
  108.  「ここは、窓があるのね。」
  109.  「そうだよ。だから、やってくるは大変なんだ。危険な地上
  110. を30分も走らないと地下都市のゲートがないからね。まあ、
  111. ほかにシューターを走る車はいないから、事故の心配はないも
  112. のの、さすがに怖かったなあ。」
  113.  
  114.  紫外線よけのスプレーのにおいが強くしている。一缶全部振
  115. りかけてきたのかもしれない。ショウガの香りににた刺激臭だ
  116. った。
  117.  
  118.  ふいにケイは涙がこぼれ落ちるのを感じた。
  119.  
  120.  どうしたのだろうと玲子が肩をさすった。当たり前のことな
  121. のに、見慣れた光景のはずなのに、上空に広がる空があまりに
  122. も綺麗な青い色だったことに、ケイは感動していた。
  123.  
  124.  「ごめんなさい。どうしてなんだろう。」
  125.  「疲れているのよ。大きな手術だったから。」
  126.  「そうだね。少しねむるといい。」
  127.  ダンがカーテンを閉めるように言った。
  128.  
  129.  青い空が見えなくなった。
  130.  
  131.  ふたりが病室をでて、しばらくのあいだ、ケイはウトウトと
  132. 微睡んでいた。
  133.  
  134.   夢の中で不思議な赤い空をした星とドームの姿がちらちらし
  135. ていた。その風景は、彼女にとって懐かしいものに思えて、ド
  136. ームの中に入るドアを開けようとするのだが、錆びついたドア
  137. は彼女の力でこじあけることができなかった。半透明のドーム
  138. の内側に二人の少年の姿がみえた。彼女に気がつくこともなく、
  139. ドームの内側の通路をまわって、卵形の三階立ての建物の中に、
  140. 二人は消えた。
  141.  
  142.  喉がからからに乾いていること気づいて、ケイは目を覚ました。
  143.  
  144.  ともかく、水がほしかった。病室を見回して、ベッドサイド
  145. についているマイクに、何か飲み物をちょうだいと要求した。
  146. 右側にトレイの出口がみえる。きっと、あのマイクで病室をモ
  147. ニターしているんだろう。
  148.  
  149.  すぐに炭酸入りの水がはいった瓶とグラスがでてきた。
  150.  
  151.  そのグラスを取ろうと手を伸ばすと、また、トレイが開いて、
  152. 何かがでてきた。
  153. 雑誌のようだ。これも、病院のサービスの一つなのだろうか。
  154. 水を飲みながら、雑誌を手に取った。中間部のページにしおり
  155. が差し込んであった。
  156.  
  157.  どこかの植民星で起こっている失踪事件を取り扱った記事だ
  158. った。
  159.  「ヒロ2001で起こる、連続失踪事件。特集2、第二の事
  160. 件イザベル..」
  161. というタイトルだった。
  162.  
  163.  ケイは雑誌をもつ手がふるえるのを感じた。
  164.  
  165.  そこに掲載されている写真が、たった今、彼女が見ていた夢
  166. の中の風景とそっくりだったからだ。直感的にあの夢はこの街
  167. のことだと感じていた。なぜだかは、わからない。
  168.  でも、間違いなくそうなのだ。
  169.  
  170.  しおりには手書きで文字が書かれていた。
  171.  「わすれるな。自分が何者だったかを。」
  172.  
  173.  その言葉をみると、いきなり、激しい頭痛が彼女をおそった。
  174.  
  175.  小さな声で、マイクに頭がいたいの、誰か来てと呼んだ。
  176.  
  177.  どうして、緊張するとこんな声しかでないのだろうと、いつ
  178. だってそうなんだと心の奥で別の女の声がした。
  179.  「どうしたんですか。」
  180.  「差し入れてもらった雑誌をみていたら、急に頭痛がして、
  181. すぐに来て下さい。」
  182.  
  183.  やはり、小さなかすれた声しかでなかった。
  184.  頭が割れるように痛かった。何かがきしむような感じだ。
  185.  「すぐにドクターが参ります。」
  186.  スピーカーのプツンと言う音と同時にドクター達が荒々しく
  187. ドアをあけて、入ってきた。近くにいたのだろうか、驚くばか
  188. りの早さだ。駆け込むと同時に彼女のもっていた雑誌を白衣の
  189. 男たちのひとりがひったくるように取り上げた。
  190.  
  191.  「こんなものをどこから。」
  192.  医者とふたりは深刻そうな面立ちで、雑誌をみた。看護婦た
  193. ちは、手早く、彼女の頭と胸に何かをペタペタと張り付けて、
  194. 機械に接続した。
  195.  「鎮静剤をうっておいてくれ。」
  196.  医者が看護婦に指示した。彼女はすぐにアンプルから、何か
  197. の液体を選んで、ケイの腕をとった。
  198.  
  199.  「その雑誌の写真だけれど。なにか見覚えがあるような気が
  200. するんだけど。」
  201.  ケイは看護婦に尋ねた。
  202.  「だれが差し入れてくれたのかしら。」
  203.  「間違って送られてきたものだと思います。今は、手術後な
  204. ので、できるだけ、外界の刺激を避けるようにいわれています
  205. ので、雑誌やテレビその他のメディアとは離れて療養してもら
  206. っているます。まだ、ケイさんは数多くの情報を吸収するには
  207. 十分回復してないでしょう。」
  208.  看護婦が事務的に答えた。
  209.  「ヒロ2001って、どこでしょう。」
  210.  「さあ、私はわかりません。どこかの植民星でしょう。」
  211.  鎮静剤の効果でケイの体は熱をもち、意識がぼんやりとかす
  212. れてきた。
  213.  
  214.  「そんなことを考えずにまず、ゆっくりとお休みなさい。興
  215. 奮していると、回復も遅くなりますよ。」医者がなだめるよう
  216. に、肩をたたいた。頭の奥にその言葉は染み込み、吸収された。
  217. なにかの暗示のように。
  218.  「ゆっくりと、リラックスして。今は体を休める時期なん
  219. ですから。雑誌なんて、退院すればいつだって好きなときに
  220. 読めますよ。」
  221.  
  222.  「そうですね。でも、なんで」
  223.  ケイはまだ、あの、植民星の写真が気になっていた。
  224.  頭痛は少し治まってきたが、意識をつなぎとめておくことが
  225. 難しい。    
  226.  「なんで、知らない場所の夢をみるんでしょう。」
  227.  「偶然でしょう。」
  228.  そっけなく、医者は答えた。ケイは、彼の顔をみるともでき
  229. なくなっていた。    
  230.  「つまらないことを考えてないで、眠りなさい。」
  231.  ケイはすでに、静かに寝息をたてていた。
  232.  
  233.  「眠ったね。」
  234.  白衣の男が確認した。
  235.  「大丈夫だ。」
  236.  「計画を妨害している奴がこの病院に潜入しているようだ。
  237. チェック体制を厳しくしないとな。」看護婦がうなずいて病
  238. 室を立ち去った。
  239.  「タカシの時のように気づかれては元も子もないんだ。覚
  240. 醒はうまくいった。
  241. あとは、順応させるためのステップをうまくこなしてもらわ
  242. なきゃ。失敗は一度でたくさんだからな。」
  243.  「わかっている。従業員と家族を集めて今夜、もういちど、
  244. チェックしよう。
  245. それまでは、この患者を眠らせておいてくれるかい。」
  246.  「大丈夫だ。明日の朝までぐっすりだよ。」
  247.  「魔術士の連中を撲滅するほうが、計画には有効だとおも
  248. うがな。」
  249.  白衣の男は雑誌を憎々しげに握りつぶした。
  250.  「あいつらめ。」
  251.  「マジシャンは通気口のダクトを通って移動するって噂だ。」
  252.  医者はケイの額の汗をふき、心拍数を確かめた。特別ば異
  253. 常は認められなかった。
  254.  「まさに、風のように通過するらしい。」
  255.  「通気口には2重の鉄柵をはってある、その上、24時間
  256. モニターで監視してる。」
  257.  「では、まさに、マジシャンだな。」
  258.  「忌々しい呼び名だ。いったい誰がはじめに奴らをそう呼
  259. んだんだ。そいつの首をへしおってやるよ。」
  260.  白衣の男は丸めて持っていた雑誌を、バリッと引き千切っ
  261. た。恐ろしい力の持ち主だ。医者は驚き、両手をあげて、や
  262. めてくれ、と叫んだ。
  263.  「ここは、ともかく病院だ。」
  264.  「ああ。」
  265.  「患者が起きると困るだろう。」
  266.  「そうだな。」
  267.  ちぎれた雑誌を拾い集めて、医者はそそくさと病室を立ち
  268. 去った。
  269.  白衣の男はしばらく、ケイの心電図を見つめていたが、や
  270. がて、彼女の枕元のマイクをコンコンと2回、確認するよう
  271. に叩いた。病室の窓が、鉄格子の入った風景にとって代わっ
  272. た。
  273.  「看護婦諸君、看護士諸君は外壁と鉄柵のチェックをたの
  274. む。これから、1時間の間、患者の病室の窓の風景投射をと
  275. めるので、その間にその部分をみてくれないか。」
  276.  「はい。」
  277.  鉄格子から見える風景は同じものだった。トチョウ遺跡の
  278. 尖塔が鉄柵ごしに天を貫いていた。日が傾いてきたようだ。
  279.  
  280.  「それで、地下の一般居住区に逃げこんだタカシは、まだ、
  281. おとなしくしてるのか。」
  282.  「はい、変わったことはありません。まだ、クリーニング
  283. 屋でアルバイトしてますよ。監視員デシが従業員として同室
  284. に住み込んでいます。捕らえますか。」
  285.  「いや。地上にあがってからだ。」
  286.  「はい。皮膚に移植した発信装置も完全に機能しています
  287. から、彼の今の体温と心拍数までわかりますよ。」
  288.  くっくっく。その言葉が気に入ったのか、白衣の男は小さ
  289. く笑って、通信を切った。
  290.  いずれ、マジシャンたちと接触するために地上のD地区に、
  291. タカシは行くはずだ。そのときに魔術士達と一緒に捕まえる
  292. さ。独り言をつぶやいて、ケイの頬をすっと指で撫でた。
  293.  「仲間ももうすぐくるさ。べっぴんさん。」
  294.  窓の外で何台かのクレーンが一度に動き始めた。防音はさ
  295. れているが、小さな振動が伝わってきた。鉄柵を検査し、補
  296. 修する。いずれ、マジシャンがどこから進入したか判明する
  297. だろう。
  298.  トチョウ遺跡周辺は、いつも強い風が吹いていた。TOK
  299. YO・CITYの外を取り囲む砂漠から流砂が押し寄せ、舞
  300. い上がり、あの遺跡の回りを螺旋状にくるくると回った。午
  301. 後になるとよく見られる光景だ。トチョウの回りではゴーグ
  302. ルをつけていないと目を開けることができないほどの砂嵐が
  303. 吹き荒れている。砂は少しずつ、街を飲み込もうとしていた。
  304.  ドアがシュッと鳴って開いた、白衣の男は病室を一瞥して、
  305. 立ち去っていった。
  306.  
  307.  
  308.  
  309.  
  310.  
  311.  
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  314.  
  315.  
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  320.  
  321.  
  322.  
  323.  
  324.  
  325.