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/ DOS/V Power Report 1997 February / VPR9702A.ISO / FFILLY / TOKYOS / SB2_1N.TXT < prev    next >
Text File  |  1996-11-19  |  13KB  |  337 lines

  1.  
  2.            砂漠の果て     【トットの森】
  3.    
  4.      第1章 TOKYO・CITY 2、3 
  5. -------------2------------
  6.  手動プレス機は注意して取り扱わなければならない。最初
  7. にアルバイトの住み込み広告で飛び込んだタカシにデシが教
  8. えたことだ。いったい、この機械はいつからあるのだろう。
  9. 骨董屋で見つけられてきた機械だが、TOKYO・CITY
  10. でよく開催される、フラワーフェステイバルの扮装用の衣装
  11. をパリッとするにはこれが一番だ。男性の礼装にも、女性の
  12. ドレスにもやたら、ドレープだとか、フリルだとか、プレス
  13. しにくいものばかりがふんだんに使われている。いろいろな
  14. ものを試した結果、古典的プレス機、アイロンとやらを店の
  15. 主人が探しだしたのだ。
  16.  
  17.  店の主人の手によって、改良されたプレス機だったが、重
  18. さが3キロもあり、若い熟練労働者が持ち上げて作業するお
  19. りに時々事故が起こる。手をプレスしてしまうらしい。
  20. 暑さと単純労働で疲れた午後によく起こる事故だ。
  21.   
  22.  プレス作業は、この街では、まともな市民のしたがる仕事
  23. ではないようだ。だからこそ、市民番号を提示できないタカ
  24. シでも、職につけたわけだ。店の主任クラスのデシですら、
  25. 職について半年ぐらいだ。
  26.  少し小金がたまると、不法に流通している市民番号を闇市
  27. で買って、もっと安全な仕事にかわる。みんなそうだ。
  28.  「おらあ、あんまり、あたまいいわけじゃないから。あの
  29. 暴動にまきこまれちまってよ。おかげで三年、市民番号をと
  30. りあげられてさあ。かあちゃんにも愛想つかされてさ。」
  31.  デシは、蒸気でべっとりした顔を吹きながら、タカシにぼ
  32. やいた。
  33.  「でもよ。この仕事をみつけたのはよかったね。おらあ、
  34. こんなきれいにパリッとシャツが変わっていくのをみるのが
  35. 好きなんだ。ややっこしい書類とかをいじくりまわしてる仕
  36. 事と違って、どんどん、次から次へとシャツが生き返ってい
  37. くのをみるのは、気持ちいいよなあ。」
  38.  「そうですね。」
  39.  タカシは面倒がらずにデシのボヤキ相手をつとめた。この
  40. 仕事がなくなっては、次の仕事を見つけられるかどうかわか
  41. らない。ともかく、市民番号を手に入れなければ、バスのチ
  42. ケットさえ、買えないのだ。
  43.  「適材適所って、なあ。よくいったもんだぜ。」
  44.  「ほんとうに、クリーニングが好きなんですね。デシさん
  45. は。」
  46.  また、始まったといった風に店の女性従業員たちは、顔を
  47. しかめてデシの話をきこうともしなかった。毎日、タカシは、
  48. 同じ話を聞いていたので、次に何の話になるのか先に口にだ
  49. してしまいそうになる。
  50.  「おお。好きだね。逃げたかあちゃんよか、ずっと洗濯が
  51. すきだな。母ちゃんと違って、文句もいわないし、ちゃんと
  52. プレスしてやれば、どんなシャツだってさ。ちゃんと、お利
  53. 口に言うことを聞いてくれる。」
  54.  デシはにやっと笑った。一本だけ伸びた犬歯が下唇を噛ん
  55. でいた。
  56.  キューンと蒸気が逃げる音がした。
  57. 「よっしゃ。タカシ休憩いっていいぞ。」
  58.  プレス機を止めて、デシがタオルを投げた。昼飯だ。
  59.  デシは時々、チャイナタウンのレストランにタカシを誘っ
  60. てくれた。乏しい給金の中からだす、昼食代はタカシにとっ
  61. て痛手だった。食事もつけてくれればいいのにと何度おもっ
  62. たことか。デシが誘ってくれないときには、ちかくの市場の
  63. 出店で雑炊を買って食べる。市民番号を買うために、支出は
  64. 最小限ですませたかった。
  65.  「今日は、わしゃ、しなきゃならないことがあるからな。
  66. 悪いなあ。一人でいってこいや。」
  67.  デシがタカシの頭を撫でた。
  68.  「気をつけていけよ。13時半になったら交代だ。」
  69.  「はい。」
  70.  「13時半だぞ。数をまちがえるなよ。時計は読めるよ
  71. な。」
  72.  「わかってるよ。デシさん。」
  73.  
  74.  一般居住区にのダウンタウン「ガザレット・タウン」は、
  75. 多民族都市TOKYO・CITYの縮図だった。チャイナ・
  76. タウン、アラブ・タウン、ロシア・タウン、リトル・EC、
  77. あらゆる食文化がここでは混在し、融合している。
  78.  
  79.  高級料亭もあれば、屋台もある。ドレスで着飾った婦人
  80. 達がシューターから上品に降り立つため、専用ランプを備
  81. えた最上階フロアーがあれば、セルフサービスのファース
  82. トフードばかり目立つ最下層フロアーもある。最上階フロ
  83. アーともなれば、紫外線シールドがかけられた天窓から、
  84. 屋外の本物の風景をながめながら、食事ができる。贅沢な
  85. 話だ。
  86.  
  87.  値段の高い店は、上のフロアー、安い庶民の店は下のフ
  88. ロアーと自然に住み分けができているようだ。
  89.  タカシは迷わず、屋台のたちならぶ、最下層へ降りてい
  90. った。安くてもウマイ屋台が数多くある。
  91.  「ゆで卵、買ってよぉ」かごを抱えた少年が路地の真ん
  92. 中に立って、叫んでいた。
  93.  誰も少年の呼びかけに立ち止まらなかった。きっと、合
  94. 成卵だ。卵に似せた得体のしれないものだろう。
  95.  「ほんものの卵だよ。ぼくの鶏が産んだ卵だよ。」
  96.  「そのニワトリはオイルを食べるのか。」
  97.  通りすがりが少年をからかった。
  98.  「ニワトリを卵から育ててるんだ。ホントだよ。ヒヨコ
  99. が大きくなったんだ。
  100. うまい具合に配給卵に有精卵が混ざってたんだ。」
  101.  からかわれると少年はむきになって、反論した。
  102.  タカシはその少年と屋台の間をすり抜けた。まだ、年端
  103. もゆかない子供が物売りをするのはいつものことなので、
  104. ことさら気にもとめなかった。
  105.  「ねえ。卵かってよ。」
  106.  少年は、いきなり、タカシの袖をつかんだ。
  107.  「貧乏なんだ。ごめんよ。」
  108.  「だめだよ。」
  109.  少年は真剣な目つきだった。同情したいところだが、タ
  110. カシには余裕は全くなかった。
  111.  しかし、少年はかごから、卵を一つ掴んでタカシのポケ
  112. ットにねじ込んだ。
  113.  「何をするんだ。いらないって言ったろ。」
  114.  「いいから、卵を買うふりをして。ヒロ2001に帰り
  115. たいんだろ。」
  116.  少年は早口にささやいた。 
  117.  「受け取って、早くどこかへいっちまえよ。君の仲間か
  118. らの情報だ。」
  119.  「え。」
  120.  卵売りはすぐに口調を変えて、回りに聞こえるような大
  121. きな声で笑った。
  122.  「ほんとだよ。おにいちゃん。いい買い物だよ。新鮮な
  123. 卵がたったの10ガソで食べれるなんてねえ。」
  124.  調子をあわせろと少年の目が語っていた。
  125.  「そうか、本物の卵なんて久しぶりだなあ。」
  126.  タカシも彼にあわせて、言われたとおり、金を払うふり
  127. をした。タカシを病院から助け出した「味方」からの連絡
  128. は、いつもこの調子で突然にやってくる。
  129.  「連絡をとりたいんだ。彼らは何処にいるんだ。」
  130. 少年の耳元で聞いた。
  131.  「ぼくは知らない。タカシに卵を渡せって頼まれただけ
  132. さ。面倒はまっぴらだね。」
  133.  もう、彼はあらたな呼び込みをはじめた。
  134.  「卵、買ってよぉ、新鮮なゆでたまごだよ。」
  135.  ウソつくなとタカシは背中でいった。まぎれもなく、安
  136. 物の合成卵だった。少し、本物に似せるために着色してあ
  137. るが、この弾力のあるカラの感触は誰がみても、合成卵だ。
  138.  
  139.  数多くの植民星をもつ地球中央都市郡は、食料の生産は
  140. 不可能となったが、植民星から必要なものは何でも入って
  141. きた。ただ、星間輸送網が発達したとはいえ、生鮮食料品
  142. は乏しい。お金をだせばいくらでも手にはいるのだが、庶
  143. 民の口にはいるものは、安価につくられた加工品だけだっ
  144. た。時々は本当のニワトリをコッソリと育てて、卵を手に
  145. 入れている輩もいるだろうが、そんな貴重品は人に売った
  146. りはしないものだ。
  147.  
  148.  卵をポケットに入れて、タカシは口笛を吹きながら、さ
  149. りげなく有料トイレを捜した。
  150.  ポケットの中の卵は、一部ひび割れて、なにかを工作し
  151. た跡が手触りでわかった。
  152.  
  153.  ガザレット・タウンの最下層は、いつも、人でごったが
  154. えしていた。
  155.  昼間から、路上ではほろ酔い機嫌の男が屋台の隅でうず
  156. くまり、露店では威勢のいい呼び込みの声がした。
  157.   エネルギーがあふれている街のダウンタウンはこんなも
  158. のかもしれない。ありとあらゆる種類の幸運と不運があち
  159. こちでぶつかり、うねりながら、混在している。
  160.  
  161.  最下層は澱んでいたが、溜息と汗の中に確実に最上階を
  162. めざす、野心が見え隠れしていた。美しく整然とした最上
  163. 階の住人になる、サクセスストーリーを誰もがガザレット
  164. ・タウンでは夢見ていた。TOKYO・CITYの吹きだ
  165. まりにあたる地区だが、もっとも力強く発展していた。
  166.  
  167.  有料トイレの前で料金を支払って、個室に入った。ドア
  168. の前では、濡れタオルをもって少年が立っている。彼も、
  169. よく見かける売り子だ。タオルはいらないと断った。
  170.  ドアの鍵を念入りにしめて、タンクの中と小さな明かり
  171. とりの窓を調べた。特別に何かが仕掛けられているようで
  172. はない。
  173.  あらためて、少年から買った卵を取り出した。卵の中央
  174. のヒビ割れにそって、丁寧に殻を取り除き、細かく砕いて、
  175. 便器に流す。
  176.  合成ゆで卵の表面に短い文章が三つ書かれてあった。
  177.  
  178.  デシに気をつけろ。
  179.  イザベルが覚醒した。
  180.  トチョウ遺跡をめざせ。
  181.  
  182.  しばらく文字を見つめてから、一息に卵を飲み込んだ。
  183. トイレの中でこれを食べるのは抵抗があったが、他にい
  184. い処理方法を思いつかなかった。
  185.  その、短い連絡文章に、タカシは少しショックを感じ
  186. ていた。イザベルが次のターゲットだという情報は以前
  187. から知っていたが、デシが見張り役だとは、考えられな
  188. かった。どちらかというと愚鈍な男だ。見張り役などで
  189. きそうなタイプではない。
  190.  まさか、と彼は呟いた。
  191.  
  192. ---------  3   ----------
  193.  
  194.  信じられないといえば、このTOKYO・CITYで
  195. 彼の身に起こったすべてのことが、信じられないことば
  196. かりだ。
  197.  
  198.  彼らが覚醒と呼ぶその日。
  199.  
  200.  タカシの目覚めは快適ではなかった。激しい頭痛と、
  201. 吐き気にみまわれ、視界に入るすべてのモノが回ってい
  202. た。白衣を着た男達が、彼を凝視していた。
  203.  腕の長さの3倍はありそうな、長い袖の服を着せられ
  204. ていた。袖口を背中にまわして、留めてある、拘束服だ。
  205. 天井が近づいては、離れていくような、幻覚と激しい頭
  206. 痛が繰り返し、おそってきた。
  207.  
  208.  「失敗したのか。」
  209.  「わからない。しばらく様子をみないと、」
  210.  
  211.  もっとも信じられないのはあの病院にいた連中だった。
  212.  「両親に話をしておいた方がいいなあ。どうも、うまく
  213. いってないようだ。手こずらせるかもしれない。」
  214.  「はい。」白衣を着た男の一人が、部屋から出ていった。
  215.  ママが来ているんだ!
  216.  タカシは、視点の定まらない目を凝らして、男の姿を追
  217. った。彼のいる場所は集中治療室なのだろうか。無菌室が
  218. のように、外界と隔離されている場所だった。ガラス張り
  219. になった隣の部屋に、中年の夫婦が心配そうな顔をして、
  220. 立っているのがわかった。
  221.  ママ。ボクはどうしちゃったんだ。
  222.  ぼやけて、よく見えない。腕も足もぐるぐる巻きにされ
  223. ていて、目を拭うことさえができなかった。海老のように、
  224. 体を斜めに反り返らせて、やっとのことで、首を持ち上げ
  225. た。
  226.  中年の女性がガラス越しに彼を見ていた。
  227.  ママ!
  228.  タカシはそう叫ぼうとした。
  229.  しかし、その女性は彼の母ではなかった。   
  230.  
  231.  だれなんだ。
  232.  
  233.   それが、彼らが覚醒とよぶペテンに怒りをおぼえた最初の
  234. 出来事だ。
  235.  
  236.  タカシは植民星ヒロ2001で暮らしていた。
  237.  毎日、牧場主の目をぬすんで、羊をおいまわしていた。大
  238. 型犬ほどの大きさの羊に乗って、走り回ることができた。
  239.  
  240.  彼がすこし、頭をずり上げると病室のベットにぶつかる。
  241. 足先が反対側の角から飛び出しているというのに。子ども用
  242. のベットではない。成人用のベッドに寝かされている。タカ
  243. シの身長では届くはずのない場所だ。
  244.  体を動かすたびに、その違和感はどんどん、はっきりとし
  245. てきた。明らかに、彼の身長は伸びていた。顔をシーツにこ
  246. すりつけると、頬や、顎にざらざらとした感触までした。
  247.  
  248.   つるつるしていたタカシの頬に、無精ひげが生えている。
  249.  
  250.  もう、羊に乗れる少年ではないと悟った。
  251.  ガラスに映った彼の姿は、まったくタカシの知らない若
  252. い男性のものだった。
  253.  
  254.  あの、白衣をきこんだ男達がタカシの体になにをしたの
  255. かはわからない。だが、ヒロ2001で暮らしていたタカ
  256. シとこの現実のタカシでは年齢も、姿かたちもまるで違う。
  257. ここにいるタカシは二十歳を少しすぎた青年で、少し猫背
  258. 気味だが、背は高い。見慣れてくると悪くない男だが、ま
  259. ったく、別人の体という違和感は、消えない。そのことを
  260. 考えると気が狂いそうになった。あいつらが、危険な人体
  261. 実験をするという魔術師なのだろうか。どんな方法で肉体
  262. をすり替えたのだろうか。
  263.   いくらでも疑問はわき上がってくる。病院を脱出してか
  264. ら、しばらくは、不安と苛立ちで眠ることもできなかった。
  265.  
  266.  だが、今はそのことを考えている時期ではない。ともか
  267. く、安全なヒロ2001に帰り着くことだ。冷静に考えな
  268. ければ何も解決しない。ヒロ2001で体得したセルフコ
  269. ントロール法が少しは役にたっているようだ。まじめに教
  270. 室に通ってよかったと始めて思った。
  271.  
  272.  ヒロ2001の記憶が戻って、病院を逃げ出す手引きを
  273. してくれたのが、この情報の主たちだが、彼らとて信頼で
  274. きるとは思っていない。信じられるものはタカシ自身とヒ
  275. ロ2001の記憶だけだった。
  276.  
  277.   まず、ヒロ2001に帰り着く。 
  278.  
  279.  何かもっと、巧い考えを見つけられるとしたら、ママに
  280. キスして、一晩ゆっくりと眠ってからだ。
  281.  
  282.  目頭が熱くなるのを感じて、タカシは首を振った。泣い
  283. ているところなど誰かに見られては大変だ。サイフをポケ
  284. ットにねじ込んで、卵のかけらがないか慎重にチェックし
  285. て、外にでた。
  286.   外には、誰もいないようだ。
  287.  タカシは足早にもと来た道を逆戻りした。
  288.  
  289.  あの卵売りの少年がアイスクリームの屋台に寄り添うよ
  290. うにして眠っている。
  291.  こんな場所で眠っていてはすぐにサイフをすられてしま
  292. うだろうに。タカシは彼に近づいた。卵を届けてくれた礼
  293. にアイスクリームぐらいは食べさせてやろう。
  294.  人の流れをかき分け、少年に声をかけようと、身をかが
  295. めたとき、タカシは彼に差しだそうとした手を止めた。少
  296. 年の背中に小指ほどの長さの矢が突き刺さっていたからだ。
  297. 細く長く鮮血が排水溝に流れていた。
  298.  少年はもう、不法卵を売り歩く必要はなくなっていた。
  299.  もがいたあとは、全くない。即死だったのだろう。
  300.  
  301.  目立たぬように、人混みに紛れてタカシはクリーニング
  302. 屋に向かう道に入った。
  303.  視界のすみに、足早に人の波をかき分けていくデシの姿
  304. を見たような気がしていた。情報はまちがってはいない。
  305. ボクは監視されている。いつ、少年のように、冷たくなっ
  306. て転がっていても不思議はない。
  307.  
  308.  恐怖はなかった。
  309.  あまりのことに、感情が凍りついていた。
  310.  
  311.  ふと、タカシは足を止め、少年の眠る場所に駆け戻った。
  312.  
  313.  次にタカシがした行動は彼自身でさえ信じられないもの
  314. だった。人が殺されたことに悲しむ感情よりもさきに、本
  315. 能が彼の体を支配していた。
  316.  
  317.  タカシは冷たくなった少年の持ち物を調べ、彼の市民ID
  318. カードを奪った。
  319.  
  320.  
  321.  
  322.  
  323.  
  324.  
  325.  
  326.  
  327.  
  328.  
  329.  
  330.  
  331.  
  332.  
  333.  
  334.  
  335.  
  336.  
  337.