図書カード
青空文庫
Blue Sky Collection
No.
著者名 ラティガン、テレンス(テレンス・ラティガン Terence Mervyn Rattigan)
訳者名 能美武功
書籍名 深く青い海(Deep Blue Sea)
入力者名 能美武功

作品について: 演出はフリス・バンバリーに決まった。ラティガンはローレンス・オリヴィエに演出及びサー・ウイリアム・コリヤーの役をやって貰いたかったのだが、興行主ボーモンが他の興行主テネントがからむのを嫌い、また、はやく「シルヴィアって誰」を終にし、次の芝居をかけたかった。客の入りが悪く、ラティガン自身が金を興行の三分の一出してくれてはいても、これ以上「シルヴィア」を続けたくなかった。
 バンバリーは「お日様のあるうちに」のヨーロッパ巡業の時、ロナルド・スクワイヤー、ロバート・フレミングと一緒に役者として出ていた。その後 Waters of the Moon, The Holly and the Ivy の二つの芝居を演出し、成功を収めていた。
 1951年7月、バンバリーは役者を決める仕事に取りかかった。女主人公へスター・コリヤーには、マーガレット・レイトン、あるいはスィーリア・ジョンソンもよいと思ったが、結局ペギー・アッシュクロフトが最適だと判断した。彼女を説得する役はボーモンである。バンバリーは言った。「ペギーはセクシーな人だが、へスターのような女に見られるのは嫌うと思う。」実際、本を読むなり、アッシュクロフトは「馬鹿な女(a silly woman)ね」と言って、即座に断った。ボーモンは食い下がり、10月にやっと承諾させた。ラティガンはニューヨークにいるフリードマンに電報を打った。「ビンキー(ボーモンのこと)はこれを自分の最大の勝利だと思っている」と。
 へスターの夫、サー・ウイリアムは、クライヴ・ブルックに断られた後、ローランド・カルヴァーに決まった。謎の男ミラーは、アレック・ギネスに断られた後、ピーター・イリングに決まった。へスターが駆け落ちする男、フレディーは、トレヴァー・ハワードに断られ、バンバリーはジミー・ハンリーを推した。しかし、カルヴァーが推薦する若い新人の役者がいた。彼がゴルフの時に偶々出会ったケネス・モアである。最初やらせてみた時、ラティガンもボーモンも気に入らなかった。しかしラティガンはひょっとするとカルヴァーの言っている通りかも知れないと、次の立会いの時モアに度の強い酒を二杯飲ませた。リラックスしたモアは完璧な演技を見せた。このフレディーの役がモアを一躍スターにしたのだった。
 アッシュクロフトは自分の役が相変わらず気に入らなかった。「まるで、着物なしの裸で、舞台を歩いている気分だわ」と演出に言った。バンバリーにはこれが却ってヒントになった。「そうなんだ。それがヘスターなんだ。だから君は名演技をしているんだ。」
 1952年2月ブライトンでの試し公演が行われた。アッシュクロフトは次の場面にリハーサルでやったことのない新解釈でヘスターを演じた。会話の間中、ただじっと窓の外を見ていたのだ。バンバリーは言った。「あれは僕の演出じゃない。ペギーの邪魔をしないだけ。それが僕の演出だ」と。効果は素晴らしい(utterly absorbing)であった。

へスター 今私達が言いかけていた言葉。「愛」って言えば、当たり障りがないでしょう。時間の節約にもなるわ。
コリアー あいつの君に対する感情は、あれから変わっていないって、さっき言ったんじゃないのか。
へスター 変わってはいないわ、ビル。それは変わりようがないの。最初からゼロなの。少なくなりようがないでしょう?
 (間。)
コリアー 何時それに気がついたんだ。
へスター 最初から。
コリアー だけど、君は最初僕に・・・
へスター 違う事を言ったかもしれないわ、ビル。嘘を言っていたらご免なさい。私の育ちのせいだわ。子供の頃から教えられてきたのね。こういった場合、愛を与えるのは女じゃなくて、男の方。その方がふさわしいって。だから・・・
 (間。)
コリアー しかし、愛を与える代りに何のお返しもしないような男。君はさっきそう言ったね。そんな男を愛し続けるなんて、一体出来るのか。
へスター ええ。でもあの人、お返しに私に与える事が出来るものがあるの。そして与えてくれるわ、時々は。
コリアー 何だい、それは。
へスター あの人の體。


 1952年3月6日ダッチェス劇場で初日があがった。最後の幕が降りると、観客は割れるような拍手を送った。その音は、この芝居が始まってから観客が出した最初の音であった。マンチェスター・ガーディアンのフィリップ・ウォレスは「観客は、よく書かれ、素晴らしく演じられた感動的な芝居をどのように称えるか、それを明らかに知っている{まごうかたなき、緊張した沈黙(unmistakable hush)}をもって聴き入った」と。また、デイリー・メイルの見出しは、「ラティガン、再びトップに躍り上がる」であった。

(この「深く青い海」は513回のロングランであった。)
(St. Martin's Press社, Geoffrey Wansell 著 Terence Rattigan による。能美武功 平成11年5月28日記)
著者について: Terence Mervyn Rattigan (1911-1977)イギリスの劇作家。オックスフォード大学に学んで外交官を志したが、劇作に興味をもって学業を中断。喜劇「涙なしのフランス語」(1936)が処女作。ここに父親との関係、学業を中断した経緯、などが盛り込まれている。「シルヴィアって誰」(1950)にも彼の青年期の親子関係が書かれていて、面白い。

 劇団「昴−三百人劇場」では時々ラティガンのものが演じられている。現在(平成10年)までに次のものあり。
昭和54年 海は青く深く(Deep Blue Sea)臼井善隆訳 樋口昌弘演出 新村礼子 山口哲也 久保田民絵 鳳八千代 西本裕之 加藤和夫 北村総一郎 吉井公一
昭和58年 銘々のテーブル(Separate Tables)小田島雄志訳 中西由美演出 森脇操 山本勝彦
昭和60年9月 ウィンズローボーイ(Winslow Boy)福田逸訳・演出 簗正昭 久米明 北島マヤ 山口嘉三 
平成1年2月 海は青く深く(Deep Blue Sea)臼井善隆訳 樋口昌弘演出 中山有子 知念寛子 松下丈司 
平成1年7月 銘々のテーブル(Separate Tables)小田島雄志訳 樋口昌弘演出 原聖子 中山有子 松下丈司
平成5年 銘々のテーブル(Separate Tables)小田島雄志訳 中西由美演出 信正小百合 石田博英 松谷彼哉

 商業演劇で「王子と踊り子(Sleeping Prince)」(権謀術数に明け暮れるカルパチアの王が、アメリカの踊り子と知りあい、愛に生きる生活に目覚めるまで)が、ミュージカルとして演じられた。(太地真央 益田喜頓 他)

 尚、映画化されたものは下記。
1.銘々のテーブル(日本での題名「旅路」)バート・ランカスター、リタ・ヘイワース、デイヴィッド・ニヴェン、デボラ・カー主演
2.眠りの森の王子(日本での題名「王子と踊り子」)ローレンス・オリヴィエ、マリリン・モンロー主演
3.シルヴィアって誰(原題 The Man who loved redheads) モイラ・シェイラ主演
(平成11年5月17日 能美武功 記)


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