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1997-11-18
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416 lines
/01
最近、広瀬真奈美は思う。
自殺でもしようか。
厳格なミッションスクールに12年も在籍していたヒロセは、とに
かくその堅苦しい空気が嫌でたまらなかった。いつか自由になっ
てやると思っていたのだ。
/02
実際、その自由とやらを手に入れたのは高校卒業後。系列の大学
に進むよう担任や両親に言われたのを、断固として振り切った。
ヒロセは初めて「自由」を実感した。
そして1年が過ぎようとしていた。
「なに好き好んでバイトばっかしてんの、わたし」
/03
こんな真っ昼間では、大学生となった仲間たちはケータイにも出
てくれない。やりたかった遊びも、1年もあればやり尽くしてし
まう。欲しかった物もバイトの金さえあれば、すべて手に入った。
ただ、ほんとうにそれだけ。
/04
そんなある日。雑踏にまみれた街中で、ふと汚い電話ボックスが
目についた。汚い、というのも風俗チラシがところ狭しと貼られ
ているからであって……。普段なら電話するにも避けて通るよう
なボックスだ。だが、その1枚のチラシだけが、いやに目立って
いた。
/05
『あなたの自殺のお手伝い』(!?)
自殺屋本舗 TEL ××ー××××ー××××
~貴方の自殺をプランニング!~
/06
どうせ死ぬなら華々しく、そして人とは一風違った
個性あふれる自殺を……そんな風にお考えの貴方に。
料金無料。このプランは実験的なものであるため、
その成功こそが報酬です。
/07
自殺云々はともかく、実に世の中を舐めきった内容…。しかし刺
激の少ない、退屈なバイト生活を送っていたヒロセにとって、そ
れは久々に高校時代のテレクラに似たスリルだった。
ヒロセにはその時、街の雑踏も風景もなく騒音も聞こえなかった。
視界の全てが、その広告ズームされたような感覚を感じていた。
/08
生活感のない部屋……。塗りたての塗料の匂いがしそうな。新築
の家や部屋が、よくそんな匂いを漂わせている。事務所の中なの
だから、人が住みこんでいるわけではないが、それにしても人間
くささがない。
「とうかしましたか?」
のほほんと緑茶など差し出しながら、かの者が言った。
/09
「はい。遠慮なさらずに。ケーキと和菓子、どちらがいいですか?」
会話は平凡なのに明らかに違和感絶大。背筋がゾクゾクするよう
な人間離れした美貌。だいたい男なのか女なのかすら不明。声も
どちらともとれるようなハスキーなもので、ヒロセを困惑させた。
「申しおくれました。私はアンジュ、といいます」
/10
いったいナニ人だろう?人形のように整った顔のせいで、それす
ら判断しかねる。アンジュは手元のヒロセのデータに目を通した。
「広瀬真奈美さん。お若いですね。ちなみに、どんな自殺を希望し
てここに? 儚く花のように……とか。派手に呪わしく?」
いきなりこの言葉。やはり美貌の悪魔といったところだろうか?
/11
自殺屋本舗の事務所は、真新しいマンションの一室にあった。だ
が北向きで光りの入らない窓といい(当然、今は薄暗い照明がつ
いている)物がすくないところといい、どこか異空間めいている。
「ははぁ。とくにご希望もなさそうですねぇ。あの方もそうですが」
アンジュの目線で、ヒロセは初めて先客の存在に気がついた。
/12
部屋の奥のソファ資料(おそらく自殺プランとやらだ)に読みふ
ける背広の男。若い……のだろうか。ヒロセからすれば背広姿は
皆オヤジに見えてしまう。どちらにしろ年上には違いなかろう。
「ではこうしましょう。カワムラさんも、どーぞこちらへ」
アンジュの言葉にカワムラという男は顔を上げた。
/13
側で見ると、30代にさしかかったばかり、といったところだろう
か。ブ男ではない。たぶん陰鬱な顔をしていなければ、イイ男の
部類に入るはずだ。
「カワムラさんは、お医者さんなんですよ」
「……元・医者です」
/14
アンジュのとりなしにもボソリと答えるだけ。
それでも気にしないのか、アンジュも人形の様な微笑みを浮かべ
て、こう告げた。
「お2人とも、特に思い描く自殺像はないようですね。それともカ
ワムラさん、なんか決まりましたか?」
/15
「いいえ……」
「あなたは元・お医者さんですから、こんなのはどうです。『愛す
る××のために臓器を提供する……ば~い・カワムラ』」
気乗りはしないようだった。カワムラは疲れたようにうつむいて、
首を振る。
/16
「それではこうしましょう。ここに我が本舗、初めてのお客様を記
念して『偽装結婚自殺』などというのは?」
ヒロセとカワムラは、聞き慣れない言葉にお互いを見合わせた。
アンジュはそんな反応に満足したのか、またあの整いすぎた笑顔
を浮かべて説明する。
/17
すなわち、2人の自殺志願者がそろい、しかも2人とも何かしら
変わった自殺を望んでいる(カワムラもそうなのだろうか?)。
その2人が共同戦線を張り、偽の結婚宣言をする。周囲の祝福の
真っ直中に華々しく自殺を図るというものである。
「ウエディングドレスで教会から投身自殺! 美しいでしょう?」
/18
ヒロセはその言葉に場面を思い描いた。ベールをはためかせ、胸
にブーケを握りしめたまま、美しいままに……。周囲は驚きとシ
ョックに大騒ぎ。新聞にも載るだろうか?『花嫁よ永遠に』とか。
ふと我に返ったヒロセが隣を見ると、カワムラも何かしら妄想に
浸っているのか、頬が緩んでいる。まんざらでもないようだ。
/19
「やりましょう」
あろうことか、答えたのはカワムラだった。
相手がカワムラでは、そりゃあ不満に決まっている、とヒロセは
内心思う。しかし所詮偽装結婚。意外性のある相手ほど、周囲の
驚きも増すであろうし。
/20
ヒロセもまた承諾の意味で頷いた。
「では決まりですね」
アンジュは満足そうに笑った。
/21
その日から毎週1回プランニングのためにアンジュの事務所に通
うのが日課になった。その間にヒロセとカワムラ両者の周辺には、
それとなく色めいた噂を流すという手のこみようである。最近は
ヒロセの両親も、夕食時にわざとらしい質問をしてくる始末だ。
「最近、明るくなったわね。なにかいいことあったの?」
/22
いつもなら『うるせぇなババア』くらいにしか思わないのだが、
これは重要な種まきなんだと、自分を説得し、頬など染めながら
「いやだぁ、なんにもないわよぉ」
……などと意味深に答えてみたりする。
そんな毎日が過ぎてゆく。カワムラの周辺も順調らしい。
/23
「……とまあ、こんな段取りなのですが」
アンジュは2人の結婚式の日取りまでプランニングしてしまった。
「なにか質問はありますか?」
「あ、あのぉ……、もう2~3つけ加えてもいいでしょうか」
そう切り出したのはカワムラだった。
/24
最初、無気力そうに見えていたこの男も、最近は発言も多くなっ
た。喋りだすと、さすがは元・医者だけあって、物事のスジが通
っているというか、説得力があるというか……ヒロセが初めてお
目にかかるタイプである。
「遺書を残すんです。わざと。『僕らは死ぬ気でした』とか」
/25
それでは意味がないではないか、と、ヒロセは非難めいた視線を
カワムラに送った。それに気づいたカワムラは、しかし意味あり
げに強く頷く。
/26
「ただし、その理由は書かないんです。謎のまま。人々は混乱する
でしょうね。うしろめたいコトやってる馬鹿な同僚たちは、慌て
ふためくでしょう。……いやぁ、痛快な絵だ」
/27
ふとヒロセは、なぜこの男が医者を辞めてしまったのか気になっ
た。そのヒントは今の言葉にありそうだったが……。
一方、アンジュの方は、相変わらずのキレイな笑みを浮かべ「面
白そうですね」と同意を示す。
/28
「ホントは子供までデキてたんだけど……なんていうのも面白いか
もしれないですね」
アンジュの提案も次第に過激になっていく。しかしどんなに過激
でも所詮は偽装結婚。大げさであればある程、2人の自殺は派手
さを増すというものだ。
/29
『……そうだ。死ぬのよね……』
ヒロセは今さらながらに思った。
『こんなに楽しいけど、これは死ぬための計画なのよね……』
/30
「それではそういうことで。また何か思いついたら、おっしゃって
下さいね。死に際は派手に限ります。一生に一度のことですから」
ヒロセの心を読んだかのように、しかし、いつもの人形めいた微
笑みで、アンジュがその日のプランを締めくくった。
/31
事務所のあるマンションを出るとき、ぼんやりとしていたヒロセ
に声をかける者がいた。カワムラである。
「あ、あのさ。駅まで一緒にかえらないか? もうこんな時間だし」
見れば冬の日暮れは早く、街には夜の帳がおりていた。
/32
そういえば、男の人と街を歩くのなんて初めて……。ヒロセはそ
んな発見に驚いた。思えばずっとミッションスクールの女子校で、
女友達とワイワイヤルのに忙しくて、そんなことすら目を向けな
かった。街ですれ違う男の子たちの品定めはしょっちゅうやって
いたが、それだけだったような気がする。
/33
「なんか、こんなこと言うのもナンだけど。ヒロセさんみたいな人
が……偽装とはいえ、僕の結婚相手だなんて光栄だな」
駅までの道のり、カワムラはそんなことを言った。ヒロセは驚く。
「あ、いや。決してヤマシイ意味じゃなくてさ。僕、医者になるた
めに学生時代も遊びらしい遊びもしなかったし、苦学生だったし」
/34
照れたように頭を掻くカワムラは、意外に子供っぽく見える。
「当然、女の子とつき合ったこともないし、……あんなに苦労して、
やっとなった医者も、どうせあんなふうにして辞めさせられるな
ら、もっと……って、今さら思うよ」
『やめさせられた』という言葉に、ヒロセはカワムラを凝視した。
/35
探るようなヒロセの視線に、カワムラは少しヤケになった口調で
話し出した。
/36
「医療ミス……の罪をなすりつけられてね。助教授に昇格しようと
していたところを、同僚たちにやっかまれて。大学付属医院の事
件……ニュースで知ってるだろ?」
ヒロセもそのくらいは耳にしたことがあった。
/37
「もちろん僕が悪いのでもないし、検察にも『どうしようもなかっ
たことだ』と認められたんだけど……体面っていうの? アレの
せいでね。僕は大学付属医院を追い出されてプラプラしてるワケ」
でもね、とカワムラは続ける。ヒロセがドキリとするほど静かだ
が、強い口調だった。
/38
「君みたいな若い子が自殺願望もってるなんて……と、初めは思っ
た。けど、僕も似たようなもので、説教なんかできるわけないん
だよね……」
それきり、カワムラは消耗したように黙りこくってしまい、ヒロ
セはその先を聞くことができなかった。
/39
やがて駅についた2人は、それぞれ方向の違う電車に乗って別れ
た。しかし、ヒロセの脳裏には、一瞬だけ強い口調になったカワ
ムラの横顔が、焼きついて離れなかった。
/40
変な話だが、自殺プランを重ねていく毎に、カワムラの表情は次
第に断固としたものになっていく。それが死を決意した、とか、
そういう根暗な頑固さではなく、妙に人間くさいというか、生き
生きしてしまっているというか……。
正直、ヒロセはそんなカワムラが気になって仕方ない。
/41
若く知的な横顔や発言。ときおり見せる子供っぽい照れ笑い……。
「なんだかヒロセさん。最近、キレイになりましたね」
ある日、突然アンジュに言われた。普段ならアンジュほどの美貌
の者に言われても、皮肉かと思うのがヒロセだ。
だがこの場合、ヒロセにも思い当たるフシがある。
/42
アンジュの言葉にはテキトーに答えておいて、やはり、とヒロセ
は思った。
『私はカワムラさんのことを……』
週1回のプランニングが楽しく思えるのは、やはりこの男にある
のが嬉しいからであって……。
/43
これから死のうって人間が……。
その死すら実感がない。いや、次第に怖くなっていく。
婚約発表もした。両親はだいぶ驚いていたが、世間体ばかり気に
する性格上、丸くおさまってくれて良かったと喜んでいた。友人
たちの度肝を抜けたのも、いい気味だと思った。
/44
幸せイッパイの毎日。カワムラともよく顔をあわせる。これが偽
装結婚だということを、時々忘れそうになる。
しかし……と、ヒロセは躊躇する。
カワムラはどう思っているのだろう。やはり今でも自殺願望は変
わらないのだろうか。だとしたら……。
/45
ヒロセの心は乱れた。
今となっては、カワムラを失うのは身も張り裂けそうな思いだ。
第一、自分はもう死にたくない。しかしこんなことを言ったら
「何を今さら」と彼は言うのではないだろうか。
/46
ジリジリと時は流れ……。
その日がやって来た。
/47
朝から何も喉を通らなかった。まるで徹夜明けの朝のように、無
心のようでいながら、多くの想いで頭がイッパイなのだ。実際、
朝の光がひどく恨めしく思えた。
そんなヒロセを見て、周囲は「さすがに花嫁の緊張はスゴイわね」
などと勝手に気遣っている。
/48
ヒロセにはもう、偽装結婚を楽しむ余裕はなくなっていた。ただ
思考だけが堂々巡りをしている。鏡の中に青ざめた自分を見つめ
ながら、わけのわからない感情に、泣きたいのをこらえている。
「ヒロセさん……」
そんな彼女を迎えに来た、偽りのハズの新郎……。
/49
晴れやかな中にも、いつものように断固とした光りをたたえたカ
ワムラの瞳を見て、ヒロセの思考は弾けた。
彼が死にたいというのなら、いっそ一緒に死んであげよう。だけ
ど、その前に伝えたい。伝えてもダメなら諦めよう……!
「カワムラさん! 私……」
/50
「待って!」
鋭く言い放ったのはカワムラだった。気勢をそがれて、ヒロセは
呆然とする。
/51
「待ってくれヒロセさん。僕から言わせてくれ」
苦悩するような彼の表情にすら見とれてしまう。ヒロセは自分の
気持ちを再確認した。
/52
「僕は、君のことが好きだ。死なせたくない。もう、偽装結婚なん
てやめよう! ……本当に結婚しよう……」
朝から重たく、しかし鋭くヒロセを支配していたものが、胸のな
かを滑り降りて無くなっていく。
大声で泣き出したい。だけどそれは哀しみじゃなくて……。
/53
「良かった……本当に……良かった……」
「それじゃヒロセさんも……」
驚くようなカワムラの声だけが、目を伏せたヒロセの耳に届く。
そして優しく力強い腕がヒロセの肩を抱きしめる。
そんな2人を、扉の影からうかがう者がいた。
/54
アンジュである。
アンジュは、また人知れず人形めいたキレイな微笑みをゆっくり
と浮かべた。
「おめでとうございます。お2人とも」
演劇めいた拍手と共に、驚く2人の前にアンジュが姿を現わした。
/55
「実に喜ばしい。いい顔をしておいでです。晴れの門出に相応しい
ではありませんか」
「アンジュさん……」
カワムラが歓びの涙を拭う。初めは人を死へと誘う美貌の悪魔か
と思われたこの者も、今では希望へ導く案内人に見える。
/56
「貴方は希望の使者です、アンジュさん」
カワムラがそう言葉にした。
「……まぁ、使者には変わりないですね」
相変わらず整った微笑みで表情を彩りながら、謎めいたことを口
にするアンジュ。
/57
その表情が、初めて無くなった。
/58
あんなに人形みたいだとかキレイすぎるだとか、そんなふうにば
かり思っていた微笑みも、無くなってみると不気味だった。その
無表情がたたえる不穏な雰囲気にヒロセはゴクリと喉を鳴らした。
「これを見ていただきましょうか、お2人とも」
まるで手品のようにアンジュが取り出したのは、2枚の紙。
/59
「それは……」
ようやくカワムラが声を押し出す。
アンジュは優美な手つきでそれを2人の眼前に広げた。
「そう、契約書です。きちんとサインもありますよ。読んでみまし
ょうか?」
/60
『私、広瀬真奈美は、自殺屋本舗(主任アンジュ)のプランに従っ
て自殺することを誓う。この契約に違反した場合は、その処分を
すべて自殺屋本舗(主任アンジュ)に委任することとする』
/61
アンジュは絶句する2人を見つめ、そして微笑んだ。キレイすぎ
る微笑みはいつものことだが、今のそれは、いつもと違ってひど
く不気味に見える。
/62
「最初に申し上げましたね。『このプランの報酬は、そのプランの
成功のみだ』と。それ以外はあり得ないし、あっても全ては私に
委ねられている」
「……あ、悪魔め!」
/63
カワムラが絶叫した。
「そんな非人道なことが今の世の中に通用するもんか!」
アンジュは肩をすくめた。
「なにを今さら。ならどうしてあなたは自殺屋本舗なんかに足を運
んだんです? こんなバカバカしい店なんかに」
/64
カワムラは声も出せずにいるヒロセを椅子から立たせた。
「行こう! 警察にでも訴えればいい」
しかし、微笑みを浮かべるアンジュはドアからどこうとしない。
さすがにカワムラも後ずさる。
「カワムラさん、こっち!」
/65
ヒロセは隣室のドアを開けた。
「とにかく誰かに話を聞いてもらいましょうよ。二階の控え室に誰
かいると思うわ」
2人はすぐに階段を駆け上がった。
しかし、そこにいるハズの両親や友人の姿がない。
/66
新郎新婦に気を利かせて、すでにチャペルへ行ってしまったのだ。
コツコツと、姿の見えないアンジュの足音だけが追いすがる。
「くそ」
カワムラは、ドレスの裾に四苦八苦しているヒロセを抱えあげて、
なおも階段を駆け上がった。
/67
不意に2人の顔を風が撫でていった。
「こ、ここは……」
眼下に見える石畳。たくさんの花が飾られている道。
見上げれば、巨大な鐘がぶらさがっている。
「最上階……か」
/68
背後の階段に、まだアンジュの姿は見えないが、足音だけは確実
に追ってくる。
カワムラは眼下の人影に向かって、大きく声を上げた。
「おーい! 助けてくれ!!」
しかし、その音を巨大な鐘の音が遮る。
/69
耳をつんざく鐘の音に、カワムラの足もとがよろめいて……。
/70
ヒロセの門出を祝いに来た友人の1人は、突然鳴り響いた祝福の
鐘の音に、思わず目を上げた。
そして声にならない悲鳴を上げる。
/71
降ってくる。
/72
ウエディングドレス……。
/73
『新郎新婦、謎の心中!』
ミステリアスなこの一件は、その日のうちに全国を駆けめぐった。
2人の遺書までが発見され、しかもその中には『子供もいました』
などと書かれている。しかし、その死に至るまでの動機は明記さ
れておらず、謎が謎を呼んだ。
/74
無論。世間体を気にするヒロセの両親が、娘の解剖など許すわけ
がなく、彼女は遺言どおり、ウエディングドレス姿のまま葬られ
た。
/75
「さて、と」
自殺屋本舗事務所では、アンジュが1人、騒ぎたてるテレビに見
入っていた。しかしすぐにそれも消してしまうと、どこかに出掛
けるかのように、鏡を覗き込んで身支度を始めた。
/76
ふと、その鏡の中のアンジュの姿が揺らぐ。
/77
金の髪。
白く長い衣装。
けぶるような光りのなか、真白い羽が床を覆う。
大きな6枚の翼……。
/78
「こうでもして自殺志願を誘導しないと、天界も暇なんだよね。と
りあえず今年はノルマ達成か……。危うくランクダウンするとこ
だったよ」
1人呟きながら、ブラインドの隙間から街を見おろす。仕事帰り
の疲れたOLやサラリーマン。無目的に遊びほうける学生たち…。
/79
「ふふっ。皆さん、よいお年を……」
/80
・・・・・・・・・・END
/81