図書カード
青空文庫
Blue Sky Collection
No.
著者名 ラティガン、テレンス(テレンス・ラティガン Terence Mervyn Rattigan)
訳者名 能美武功
書籍名 眠りの森の王子(The Sleeping Prince)
入力者名 能美武功

作品について: 眠りの森の美女(The Sleeping Beauty)からもじった題名。魔力によって眠らされて、真の恋人である王子の出現と、その接吻によって初めて目覚める美しい王女の話、を、男女を逆にしたもの。
「王子」は、カルパチアなるバルカンの大国の摂政。普通ならば、この主人公は、「ローマの休日」のように、毎日の儀式、客の接待、法律の承認など、雑務でうんざり、何とかしてここから抜け出たいと願っている国主、であるのだが、これは逆。国を切り盛りするのが大好き。色恋ざたは限られた1時間ですませて、さっさとまた仕事に戻りたいという、野暮でいやな男。
 イギリス王の戴冠式に出席したついでに、芝居を見、ある女優に目をつけ、情事に及ぼうとするが、この女優が全く逆の指向。情事に至るまでには、ジプシーの音楽、香水の香り、一つ一つ消えてゆくあかり、素晴らしい誘惑の台詞、を必要とする。
 仕方なく、男はその儀式を済ませるが、男の全く驚いたことに、今度は女の方がすっかり本気になる。その熱心さにほだされて、「野暮ないやな男」から次第に「いい男」、いや、「かなりましな男」にまで変形されて行く。

 ラティガンが非常に喜んだことには、ローレンス・オリヴィエが演出と摂政役を引き受け、その妻ヴィヴィアン・リーが女優を演じることに決まった。
 初めは喜んだ彼であったが、「野暮な男」摂政をオリヴィエが出来るか、後にひどく心配になった。オリヴィエは跛でせむしのリチャード三世でさえ、非常な性的魅力をもって演じ、顰蹙を買った(ever to disgrace a stage)ほどだったのである。それに最近この夫妻は、「アントニーとクレオパトラ」に出て好評を博したばかりであり、彼の「軽い気持ちで作った芝居(trifle)」が二人の大物に相応しくないことは明らかだと感じたのだ。
 しかし、オリヴィエが「いやな男」になれるかという心配はラティガンがドレス・リハーサルの楽屋に立ち寄った時、いっぺんに消え去った。楽屋のカーテンの前には、少し貧血ぎみの、唇を横一文字に結んだ、面白みの全くない……右の目にかけた片眼鏡の奥で淋しそうな目が光っていおる男、が立っていたのだ。

 初日は1953年11月5日フェニックス劇場で行われた。珍しくサマセット・モームが来ており、その他、デイヴィッド・ニヴェン、ノエル・カワード、ジョン・ミルズが観劇。
 翌日の新聞評はさんざんであった。デイリー・エクスプレスのジョン・バーバーは、「オリヴィエには勿体ない、つまらない芝居(beneath Olivier's talents)」である。イヴニング・スタンダードのミルトン・シュールマンは「かけるに値しない芝居(alomost aggressively unimportant)」タイムズは「鉛の底で出来た長靴(leaden soled boot)」と書いた。
 その後、イートン・スクエアでラティガン主催のパーティーがあった。オリヴィエは立ち上がり、約百人の聴衆を前にして言った。「役者として妻及び私は、そして演出家として私個人は、テリー、あなたの芝居を滅茶滅茶にしてしまった(mucking up your play)ことにお詫びを申し上げる」と。ラティガンは飛び上がるようにして立ち上がり言った。「とんでもない。お二人に謝るのは私の方だ。こんなつまらない馬鹿な芝居(such a trivial little play)を書いて、申し訳なかった」と。カワードが立ち上がって言った。「君たち全てに代って私は言う。いいですか。私は作者、演出家、役者として、滅茶滅茶に書き、滅茶滅茶に演出をし、滅茶滅茶に演じ、そしてまだ、生き残っているのです」と。
 これ以後も日曜の新聞評は相変わらず悪いものばかりだった。しかし、客の入りはそれに全く影響されることなく、「ブラウニング版」のダブルビルが収めた大成功を上回る勢いであった。それはオリヴィエ夫妻の契約が切れるまで続いた。
(この「眠りの森の王子」は274回のロングランであった。この274回でオリヴィエ夫妻の契約が切れた。)
(St. Martin's Press社, Geoffrey Wansell 著 Terence Rattigan による。能美武功 平成11年5月31日 記)
著者について: Terence Mervyn Rattigan (1911-1977)イギリスの劇作家。オックスフォード大学に学んで外交官を志したが、劇作に興味をもって学業を中断。喜劇「涙なしのフランス語」(1936)が処女作。ここに父親との関係、学業を中断した経緯、などが盛り込まれている。「シルヴィアって誰」(1950)にも彼の青年期の親子関係が書かれていて、面白い。

 劇団「昴−三百人劇場」では時々ラティガンのものが演じられている。現在(平成10年)までに次のものあり。
昭和54年 海は青く深く(Deep Blue Sea)臼井善隆訳 樋口昌弘演出 新村礼子 山口哲也 久保田民絵 鳳八千代 西本裕之 加藤和夫 北村総一郎 吉井公一
昭和58年 銘々のテーブル(Separate Tables)小田島雄志訳 中西由美演出 森脇操 山本勝彦
昭和60年9月 ウィンズローボーイ(Winslow Boy)福田逸訳・演出 簗正昭 久米明 北島マヤ 山口嘉三 
平成1年2月 海は青く深く(Deep Blue Sea)臼井善隆訳 樋口昌弘演出 中山有子 知念寛子 松下丈司 
平成1年7月 銘々のテーブル(Separate Tables)小田島雄志訳 樋口昌弘演出 原聖子 中山有子 松下丈司
平成5年 銘々のテーブル(Separate Tables)小田島雄志訳 中西由美演出 信正小百合 石田博英 松谷彼哉

 商業演劇で「王子と踊り子(Sleeping Prince)」(権謀術数に明け暮れるカルパチアの王が、アメリカの踊り子と知りあい、愛に生きる生活に目覚めるまで)が、ミュージカルとして演じられた。(太地真央 益田喜頓 他)

 尚、映画化されたものは下記。
1.銘々のテーブル(日本での題名「旅路」)バート・ランカスター、リタ・ヘイワース、デイヴィッド・ニヴェン、デボラ・カー主演
2.眠りの森の王子(日本での題名「王子と踊り子」)ローレンス・オリヴィエ、マリリン・モンロー主演
3.シルヴィアって誰(原題 The Man who loved redheads) モイラ・シェイラ主演
(平成11年5月17日 能美武功 記)


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