【 ぷよウォーズ・プレストーリー 】
 Another World Story
 『世界最後の《ぷよ》が消えた日……』



 
01

 世界最後の《ぷよ》が消えた日……
 ヴゥンッ!!
 圧倒的なエネルギーの塊である《それ》を中心に、一瞬にして周囲に圧縮された空気
の波紋が環状に広がっていく。
 古代遺跡最深部にあるこの巨大な空間全体に波紋が広がると同時に、かつて大陸全土
を震撼(しんかん)させた、その存在が――
 《魔王》が咆哮した。
 一瞬にして、《魔王》以外のその場にいる者たちすべてに、信じられないほどに強烈
な波動が叩き付けられる。
 大気すらもその雄たけびに耐え切れずに、空間がぐにゃりと湾曲する。
「くぅっ……」
 対する少女は、足元にいた小さな生き物を素早く拾い上げて、それを守るようにして
自分の胸元にしっかりと抱きかかえた。
 すぐさま呪文の詠唱に入り、周囲に薄い光の帯を張りめぐらせる。



 
02

「ぷよ〜ん……」
 魔法結界に守られたその生物は、独特の甲高い声をあげながら愛きょうのある大きな
ふたつの目で心配そうに少女を見上げる。
 とてもめずらしい種類にあたる鮮やかなピンク色をしたそれは、丸い身体を小さく縮
めながら心細そうに震わせている。
 それは《ぷよ》と呼ばれる生物であったが、もはや少女の住むこの世界において現存
する最後の一匹となっていた。
「だいじょぶ……だから……。キミはボクが守るから……ね」
 口から出たその言葉の内容とは裏腹に、苦しそうな口調の少女の額からは、見る見る
うちに汗がしたたり落ちる。
 少女は自分の世界からすべての《ぷよ》たちを消した元凶となった《魔王》の姿を見
すえながら、相手が放った凄まじい暗黒の意識と懸命に戦っていた……。
 心臓そのものをわしづかみにされたような悪寒が、少女の全身を貫くと共に、身体は
ガクガクと震えが止まらない。
 一瞬でも気を抜くと、たちまち死の淵へと引きずり込まれるであろう。
 それほどまでに《魔王》の叫びは凄まじいまでの混沌の波動に包まれており、耳にす
る者すべての生命のともしびを吹き消すかのような物理的影響力で襲いかかる。



 
03

「……他の……みんなは……」
 少女はここまでいっしょに旅を続けてきた自分の仲間を探すべく、周囲に視線を巡ら
せようとするが……。
 自分の持てるすべての気力を振り絞りながら抵抗を続けているために、その意識は次
第にもうろうとしていく。
 が、しかし――
 際限なく上昇する《魔王》の力が招いた非情な光景が、一瞬にして少女の意識の覚醒
を無理矢理に促(うなが)す。
 ぼんっ! ぼんっ!
 生理的に耳障りな弾ける音とともに《命》が――
 びしゃぁ……。びしゃぁ……。
 《命》であったモノが床にぶちまけられ――
 ひとつ……、またひとつと、少女の目の前から消えていった……。
 無残な仲間の消滅を次々と目の当たりにして、少女の胸が張り裂けそうになる。
 そして、次の瞬間――
 少女の中の《何か》が音を立てて弾けた。
「――――――!!!!!!」



 
04

 少女は声無き叫びをあげながら残っている全ての仲間を守るため、自分の魔力を――
それこそ自身の生命維持を脅かすほどに――限界まで開放した。
 突然、空間を包む空気の流れが急激に変化する。
 ――が――
 ごぉうっ!!
 それと同時に、一瞬にして《魔王》を中心にして吹き荒れる力の流れや、《魔王》自
身を包みこむ気配もまた変化していた。
 少女の魔力開放と同時に、《魔王》も力の働きを逆流させる。
 まるで、この機を待っていたかのように、少女の魔力の全てを吸収するべく……。
《魔王》は、ごうごうと唸りをあげながら空間そのものがねじれていくほどの勢いで、
周囲の空間から急激にエネルギーを吸い込んでいく。
「こ、こいつ……このオレの魔力までも……喰らってやがるっ!? やばいぞっ! 早
く《精霊石》を使ってこいつを封じてしまえっ!」
 全身を漆黒のローブに包まれた鋭い眼光を持つ男が、めったに見せない緊迫した様子
で少女に向かって叫び声をあげる。
 その全身は信じられないほどの《魔王》の力に気圧され、かすかに震えている。
「…………」



 
05

「今のこの娘(こ)に何を言っても無駄よ……」
 金色の光に包まれながら宙に浮いている少女からの反応はなく、かわりに斜め後ろに
いた別の女の声がそれに応える。
 女はつややかな水晶を思わせる青く長い髪を持ち、プロポーションの良い身体を、髪
と同系統の色のドレスで包んでいた。
「アンタだって……分かってるでしょう? この娘は……私たちを守ろうと……必死に
なって……プッツンしちゃってるんだから……」
 女は男と同様に小刻みに震えながらも、すでに意識がない状態でありながら、今もな
お自分たちを助けてくれている少女の方を見つめた。
 確かに――女の言う通りこの少女の力が無ければ、現時点で《魔王》以外の存在が、
この場に生きていることはありえなかった。
 もはや《人なるもの》の身では、生命活動を維持できないほどに……。
 それほどまでに激しい、人知の及ばない超絶の力場が空間を支配していたのだ。
「自分のことなんて完全に無防備にして……。まったく……いつも後先考えないんだか
ら……この娘は……」
 もしも少女が気付いていたなら、思わずとまどってしまうほどに優しい微笑みを浮か
べながら、女はこうつぶやいた。



 
06

 しかし次の瞬間には、その美貌を厳しい表情でおおいかくす。
「動けぇ――っ!!」
 先ほどの《魔王》のパワーを目の当たりにして、未だガクガクと震えが止まらず、言
うことをきかない自分の足の太股あたりに拳を打ち込む。
「るぅぅぁぁぁあああああああ――――っ!!」
 迷いを断ちきるようなその打撃に合わせて、そのまま無理矢理全身を投げ出すように
して飛び出していく。
「なっ……オイッ!? こんなとんでもないバケモノ相手に、お前ひとりでいったい何
しようってんだ――っ!!」
 男は生まれて初めて自分に《真の恐怖》というものを与えた《魔王》に、正面から立
ち向かっていく女の行動が理解できずに絶叫する。
「オイ……精霊さんよ。お前もそう思うだろ?」
 柄にもなく男は、自分のやや斜め前方にいる存在に対して同意を求める。
「お前、確か少し前に……『勝てる見込みのない戦いを挑む者は愚か者だ』とか言って
たよなぁ〜?」
 今回の旅の途中で初めて知り合った、やけに愛想のない人嫌いな《風の精霊》は、中
でも特に男とはウマが合わない相手ではあったが……。



 
07

「確かに……な」
 いつも通りの冷静な口調で静かに肯定する。
「……だ、だよなぁ?」
 さすがに今回ばかりは予想通りの返答が返ってきて、男の口調は幾分後ろめたさを秘
めながらも急に元気づく。
 しかし――
「だが、オレもまた……愚か者らしい……」
 ぽつりとそう告げながら《風の精霊》は、その歩みを前方へと進めた。
「賢い生き方を続けたいのであれば……お前は速やかにここから離れることだ……」
「――なっ!?」
 絶句する男を尻目に、先ほどの女に協力するべく《魔王》に立ち向かっていく。
 そもそも《魔王》を封じていた存在のひとりであったその《風の精霊》は、これまで
どちらかと言えば非協力的であったのだが……。
 どうやら少女との旅の途中で、意識の改革が行なわれたようだ。
 やはりあの少女と関わるモノは、相手が人であろうがなかろうが……。
 誰もが自分本来の性質を隠せない状態へと、例外なく変わってしまうのであろう。
「……ったくっ! どいつもこいつもこのオレを……」



 
08

 男は肩を震わせながらうつむいた後に、顔を上げて……。
 思い切り吠えた。
「このオレ様を……なめてんじゃねぇぞぉ――っ!!」
 少女と知り合ったことで、実は最も自意識が変化したその男は、絶叫とともに持てる
力のすべてを一気に魔導力へと変換させた。
 ぴっ! ぱしゅっ!
 《暴発》(ライオット)一歩手前の、猛り狂う魔力の内圧に耐え切れず、身体のあちこちの
血管が破裂し、鮮血の華がそこらじゅうに飛び散る。
 男は己の身の崩壊すらも気にせず、自分の技の中でも最大の威力を誇る古代魔導を立
て続けに放つ。
 一瞬ひるんだ《魔王》に対して、女と《風の精霊》が波状攻撃をかける。
「ううぉぉぉぁぁぁああああああ――――っっ!!」
 女はすさまじい突きや蹴りなどの打撃技を、ダース単位で打ち込んでいく。
 それは――ただ純粋に、少しでも威力の高い攻撃を限界以上の能力で無理矢理絞り出
す行為であるがゆえに……。
 次第に周囲に向かって飛び散る――どうやら《魔王》の血液であるらしい――緑の体
液と同じか、むしろそれ以上の割合で別の色も混じり始める。



 
09

 己(おのれ)の存在そのものを叩き込む、文字どおり肉体をも砕く凄絶な勢いで攻撃を繰
り出す女は、吹き荒れる真紅のトルネードと化していた。
 自分の身を少しもかえりみないその行為は、他ならぬ彼女自身が先ほど指摘した少女
や、今も自分の命を引き換えにして古代魔導を放ち続ける男と同様であった。
 その真紅の愚風の様子を視界に入れつつ、一方では《風の精霊》がやはり自分の持て
る力のすべてを法術に変えて《魔王》に挑んでいる。
 《風の精霊》は自分の想像以上の力を、自らが発揮しているのを目の当たりにしなが
ら、説明不能なある種の高揚感に包まれていた。
(このオレがこんな熱い気持ちになるなんてな。あの少女の存在が、この女を、この男
を、そしてこのオレを突き動かしている……か)
 緊迫した戦いの中に身を置きながらも、やや自嘲的に笑いかけるが……
(いや……こんな気持ちも悪くない……)
 不思議な満足感に包まれているため、途中でそれを止める。
 《風の精霊》はすでに限界と思っていた力よりも、更に上に位置する力がこんこんと
湧きあがってくるのにひとり納得しながら、攻撃を繰り出していく。
 対して、これらの存在に応戦する《魔王》は……。



 
10

 信じがたいことに、現在自分が魔力を吸収しているはずの少女によって、吸収してい
る力を遥かに上回る力で絶えず押さえつけられており、本来の力の大半が使えない状態
であった。
 そしてそれが――たとえ向かってくる相手が《命そのもの》を叩き付けてきていると
は言え《彼》から見れば、総勢たった二名の人間と一体の精霊ごときに――現在互角の
攻防を強いられている理由に他ならなかった。
 その凄絶な死闘は、いつ果てるともなく続くように思えたが……。
 突然――《魔王》の身体が空間に溶け込んでいった。
「いかんっ!!」
 仲間が初めて耳にする《風の精霊》のせっぱ詰まった声が響くとともに、未だ意識が
なく宙に浮いたままの少女の前方の空間が揺らぎ始める。
 すぐにその揺らぎは激しく波打つまでに発展し、暗黒の空間を生じさせる。
 他人のことは無意識状態においても懸命に守ろうとする少女ではあったが、自分の身
に降りかかる災いを排除する術(すべ)はない。
 そのことに気が付いた《魔王》は、底無しとも思える少女の潜在魔力を吸収するのを
あきらめ、代わりに少女の存在そのものを別次元へと追放することにしたようだ。
 たとえ《魔王》自身が《歪み》そのものと化し、まさに自分のすべてをかけてでも、
唯一自分を脅かす存在である少女を別の次元へと葬るべく……。



 
11

 そしてまさに、《歪み》が少女を飲み込もうとしたその瞬間――
「ぷよ〜んっ!!」
 少女の胸元に抱きかかえられていたピンク色の小動物が、彼女を守るべく空間の前に
立ちはだかった。
 その物体――世界で最後の《ぷよ》は、全身からまばゆい閃光を発して障壁を作り出
し、正面から《歪み》を受け止める。
 ばしゅゅぅぅぅううううん……。
「なんて無茶なっ!?」
 《風の精霊》が《歪み》の前にその身を躍らせたときには、すでに《ぷよ》の身体の
半分は無残にも消失し、もはやその原形をとどめていなかった。
「くっ! これでとうとう……全ての《ぷよ》が……」
 助けられなかった無念さをかみ殺し、ふと視線を上げると……。
「――ッ!!」
 《ぷよ》の犠牲で一時的に収まった《歪み》の拡散が、ふたたび広まりつつあり、す
さまじい速さで周囲の空間を侵食していた。
 おそらく《魔王》の力から判断すれば、この広大な遺跡全体を飲み込むまで、さほど
の時間は必要としないであろう。



 
12

(仕方ない……か……)
 もはや他になす術がないと判断した《風の精霊》は、ゆっくり後ろを振り返った。
 そこには――
 先ほどまで肩を並べて戦った男と女の姿が……。
 そして、この世界最後の《ぷよ》の生命と引き換えに、彼らの手によって《歪み》か
ら助け出された少女が横たわっていた。
「あとは……任せたぞ……」
 そう言った《風の精霊》は、自分から《歪み》の中に飛び込んでいった。
 気のせいか、少しだけ微笑んだ後に……。
「お……おいっ!?」
「ちょっとアンタっ!?」
 全身血まみれの姿で驚く男と女に対して、すでにその姿が見えなくなった《風の精霊》
の声だけがそれに応える。
「この術の拡散を防ぐためには、もはや内側から空間を閉ざしてしまう以外に方法はな
い……。おそらく《魔王》本体は……やがてそちら側に出現するだろうが……これでし
ばらくの間は時間がかせげるはずだ……」
 《風の精霊》の言葉と共に、荒れ狂う《歪み》は少しずつその規模を縮小していく。
「で、でも……でもアンタがいなくなったら……っ!?」



 
13

 《歪み》の外にいる女が悲鳴に近い声を上げる。
 そう――
 《魔王》を封じる四つの封印のひとつであった《風の精霊》の存在が無くなれば《精
霊石》の効果は半減し、結果として《魔王》を封じる術はなくなる――。
「そうだ……もはやお前たちに残された手段は《魔王》の消滅のみ……。《魔王》が完
全に復活を果たすその時までに……何とか倒す方法を……考えて……くれ……」
 女たちの耳に届いた《風の精霊》の言葉はそこまでだった。
 そして、その逆もまた同様であった……。
(フッ……このオレとしたことが……まったくどうかしてる……)
 《彼》――《風の精霊》は急速に自分の存在が消えつつある中で、自らの軽率な行動
に対して、いつものようにやや自嘲的に笑いかけるが……
 ふと、あの少女――《アルル・ナジャ》――のはじけるような笑顔が脳裏に浮かび、
またもや途中でそれを止め……
(いや……彼女たちならば、きっと何とかしてくれるはずだ……)
 かわりに、とても満足そうな笑みを浮かべながら消滅していった。



To be continued ………… ぷよウォーズ




 
あとがき

今回DSに掲載した『世界最後の《ぷよ》が消えた日……』は、魔導世界を舞
台とした、『ぷよウォーズ』のプロローグ的なお話です。
こちらを読まれると『ぷよウォーズ』や『魔導物語』の世界が今まで以上に広
がることと思います。
自分の中では、今回の物語は『サターン版魔導物語』から少し後の話です。
惑星ガイアースを舞台にした『ぷよウォーズ』の冒険の裏で行われていた、
この魔導世界側のもうひとつの物語も、いずれ何らかの形で発表できれば
良いと思っています。
『ぷよウォーズ』『魔導物語』に関するご意見・ご感想お待ちしています。

織田 健司 



もっと読んでみたい!

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