一般的なMPEG2ボードは、MPEG2で圧縮された画像とMPEG1と共通のMPEG音声を再生する機能を持っています。ところが、"DVD-Video"ではMPEG2の映像に加えて、NTSC(日本や米国の放送方式)圏ではDolby
Digital(AC3)の音声を使用しています。これは1chから5.1chまでの様々なバリエーションを可能にしたディスクリート(チャンネル独立な)音声圧縮方式です。さらに、字幕を32ストリームまで可能にしているSub-Picture用のランレングス圧縮されたデータと、映像、音声、字幕などの制御やメニュー分岐に使用されるナビゲーションデータ(コマンドは1500弱もあります)
が含まれています。これらを再生するためには、DVDボードと呼ぶべきものが必要となります。さらに、ナビゲーションデータなどを解釈して動作する再生ソフトウェア(ドライバソフトと操作用のアプリケーション)が必要です。
当然DVD-ROMディスクを再生するためのDVD-ROMドライブが必要ですが、ここから送られてくる上記の様々なデータをまず分配し、それぞれの機能のデコーダやソフトウェアに送る機能が必要です。さらに、それぞれのデコーダが搭載されている必要もあります。デコード後は映像と字幕を合体し、ビデオボードに送る必要もあります。そのビデオボードはビデオバッファへのデータ転送能力が高いという条件をクリアしないといけません。
最も問題なのが、DVD-Videoのナビゲーションコマンドを解釈し、これらのデコーダやドライブを正しくコントロールするアプリケーション部分です。これは"DVD-Player"をソフトウェアで開発するようなもので、一秒間に10Mbps程度もあるデータを途中でとぎれさせることもなく、次々にジャンプさせてつなぎ、かつ、様々な条件分岐を瞬時にする必要があります。
特にマルチアングルのデータなどは、5アングルあったとしたら1,2,3,4,5,1,2,3,4,5...といったように各アングルの映像、音声、字幕、コマンドデータが1秒おきに順番に入っているムービーファイルを、あたかも連続したファイルであるかのように選択して飛び越し再生し続けなければいけません。もちろん音もとぎれずに映像もフリーズせずにです。もしアングル2を選択したら、DVD-ROMドライブのヘッドが2のところだけを飛び越しながらデータを拾い、デコーダに送ることになり、これらをバッファ管理し正確に結合する必要があります。音声や字幕の切り替えにも殆ど同じことが必要です。
DVD-PCといった場合に、"DVD-Video"が再生できることを前提に書きましたが、DVD-ROMドライブさえあれば、DVD-PCではないのかという声があるかもしれません。たしかにこのようなニーズもあるでしょう。しかし、店頭でパソコンを購入するごく一般的な人にとって、DVDと書かれていれば、ちまたで売られているDVDの映画や音楽ソフトがかかると勘違いしないでしょうか。何があるとかかるとか、かかからないのかという違いがあると、わかる人にしかわからないというメディアになってしまいます。ニッチでよければ、これでもかまいません。
しかし、DVD-ROMソフトを作って、それが売れる環境ができなくては、ソフトを制作して売ることは難しくなります。ソフトがでなければ、そのような機能のあるパソコンをわざわざ購入する人の数は増えにくいでしょう。もちろん価格が低くなるのも難しくなります。
もう一つ"DVD-Video" 再生能力が必要な側面があります。DVD-ROMドライブと組み合わせてただのMPEG2デコーダボードやAC3程度は可能なボードを搭載したとします。今度はデコードボードついているわけです。DVDはMPEG2で、しかも音声もAC3だと。しかし、これでも"DVD-Video"が再生できないのは、既に書いた通りです。
問題はこれにとどまりません。このような環境がいろいろ出てきますと、それぞれボードごとの特性にあわせてDVD-ROMソフトが作成されることになります。これは、再生環境間での互換性の問題を引き起こします。その対策に追われ続けることになるのです。開発時間が長引くことはコストアップにつながります。CD-ROMの時もこのような問題がありました。ただでさえ、CD-ROMのビジネスが大きくなりにくい中、このような限定されたハードの組み合わせが乱立すれば、CD-ROM以上に小さな市場になってしまうという恐れも出てくるのです。