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12センチ・ギガメディアの夢と野望

DVD




「ところで、ミスター・アサクラ」。

 ひと呼吸ついて、男は眼光鋭く私の目をまっすぐに見ながら、言った。

「12センチ・ディスクで映画を見るという考えを世界で初めて発想した人は誰だか、 知っているかね……」。

 1996年4月、私は、ハリウッドのタイム・ワーナー・ホーム・ビデオ本社にて、 ウォーレン・リーバファーブ社長にインタビューしていた。取材中に、逆に相手に質 問されるほど、戸惑うことはない。

「いいえ、分かりませんが……」。

「それは、この私だよ。コスト、クォリティ、発展性で、VHSを上回り、さらに面 自いメディアを作り出さなければならないと、思い立ったのだ」。

 私もさまざまな取材現場を経験しているが、ことリーバファーブほど自信に満ち、 しかも、それを臆すことなく言ってのける男は、他に知らない。

 それからリーバファーブは、1985年にDVDの原型のコンセプトを思いついて から現在までの長い道程を滔々と語った。詳しくは本文を参照願いたいが、そんな個 人の野心から生まれた「12センチの夢」が、いま、世界中の電気メーカー、コンピュ ータ・メーカーに伝搬し、時代の最先端のテクノロジーを吸取し、ホーム・エンター テインメントに新たなる魅カを振り撒き、マルチメディアを改革している。


 なぜ、1994年の暮れから95年の夏にかけて、世界の家電、コンピュータ、映画 会社を巻き込み、熱きDVDのフォーマット・ウォーズが燃え上がったのか……。それ は、この小さな光ディスクに対する期待が凄まじかったからだ。

 それは外見は単なる銀色盤だが、ある時は、映画を収録するディスクとなる。 またある時には、コンピュータ・データが入り、それは高密度なCD−ROMになる。 別のディスクはゲームだ。また別の12センチには、現在のCDよりはるかに生々しい サウンドが収容されている。さらに、同じ大きさの記録可能なディスクもある。

 つまりDVDとは、現在のコンパクトディスク、レーザーディスク、VHSソフト、 CD−ROM、ゲームというすべてのソフト分野を一手に引受け、さらにそれらの相 互のクロスオーバーにより、新しいメディア融合の世界を開拓するという巨大なパッ ケージなのである。2000年には10兆円の市場になるという。

 だから、このちっちゃな円盤に数え切れない男たちの夢と野望が寄せられるのも当 然のことではないか。銀の虹に輝くリフレクションを凝視していると、そこには数え 切れないほどの男たちの〈思い〉が、さまざまな光と影に姿を変えながら見え隠れす る気がする。

 この本はそんなDVDの過去・現在・未来を語る壮大なる技術の大河ドラマである。

1996年7月 麻倉怜士
〈目次〉

まえがき
第1章 これがDVDだ
◇アメリカ初、DVDフォーラムの熱気
◇10兆円市場への期待
◇「12センチ」はヒューマンなサイズ

第2章 DVDウォーズ前史
◇それはユダヤの聖人のようだった
◇「ビデオソフトはなくなる!?」の先見と危機感
◇技術の“鉄人”とハリウッドの野心家
◇「バグ」か「タズ」か
◇フィリップスとの密月の終焉

第3章 燃え上がったDVDウォーズ
◇ダブル・スタンダードの松下電器
◇ソニーの宣戦布告
◇両面読み出しの「怪」
◇1995年4月の混乱
◇ソニー、R0Mに狙いを定める
◇急遽、統一の舞台裏
◇12月8日は「終戦記念日」

第4章 DVDはいかに開発されたか
◇ソフト・ドリブン
◇それはMPEG2のデジタル・マジック
◇0.6ミリ・ディスクの謎
◇大容量化は競争の結果だ
◇WEAの戦略的デモンストレーションー
◇DVD−RAMの不思議

第5章 夢と野望を結集したDVD
◇東芝「勝つことを重視して萎縮するより、堂々と戦え」
◇家元になるための苦労
◇独自方式を捨てよ!
◇MPEG2オリンビックで優勝
◇松下電器「全戦線でDVDに挑む」
◇パイオニア「DVDで最も大切なのは画質である」
◇日立「超長時間の発想」と超人的頑張り
◇ソニー「DVDはCDの延長」なのか

第6章 これがマルチメディアだ!「DVDユニディスク構想」
◇混乱の極み、ディスク事情
◇松下電器の「ミスター・ディスク」の熱き想い
◇PD2からDVD−RAMへ

第7章 DVDが実現するマルチメディアの醍醐味
◇リーバファーブの野望
◇オーディオ&ビジユアルはこう変わる
◇DVDオーディオの感動
◇高品位DVD−ROMの登場
◇アップル・コンピュータのDVD−ROM構想
◇テープとディスクで新たな家庭内情報蓄積
◇「録画してはならない」のデジタル映像の著作権問題
◇DVD−RAMへの複製をどう防ぐ
◇リージョナル・コードの問題

第8章 21世紀へ、フューチャーDVD
◇MPEG2画質向上への挑戦
◇「定めていない」ということが定められているエンコード技術
◇ブログレッシブのデジタル高画質
◇青の半導体レーザーでハイビジョンを
◇参考資料

あとがき
発 行:96/09
書 名:12センチ・ギガメディアの夢と野望
    DVD

著者名:麻倉怜士(あさくら・れいじ)
定 価:1500円(本体1456円)
出版社:株式会社オーム社
お問合わせ:オーム社雑誌局
    Tel. 03-3233-0641(代表)
  ISBN4-274-94562-6 C3000 P1500E
麻倉怜士(あさくら・れいじ)

 1950年生まれ。1973年横浜市立大学・国際関係学科卒。 日本経済新聞社を経て、プレジデント社入社。
雑誌『プレジデント』副編集長、雑誌『ノートブックパソコ ン研究』編集長を経て、1991年にオーディオ&ビジュアル&マ ルチメディア評論家として独立。
 また、『プレジデント』編集部在籍中から経営分析、企業戦略 分析を専門にしており、経営評論家としてのプロフィールを持つ。  現在、オーディオ&ビジュアル&マルチメディアを中心にメ ディアとテクノロジーの行方について、専門誌をはじめ各紙新 聞、雑誌に執筆中。メーカーに対する、企画、戦略、技術のコ ンサルテーションも行う。
 著書に「8ミリビデオ活用ハンドブック」(日本交通社)、「ハ イテク最前線」(評伝社)、「AV用語辞典」(ステレオサウン ド)、「最先端企業―――勝利への戦略」(PHP)、「シャープ ――目のつけどころの研究」、「シャープ――超発想法」(ごま書房) がある。