「何処野 誰夫 博士の超次元アドベンチャー」

                           第5話「記憶喪失」その3



                                                P.N. ズオウ・リアキ


         部屋に入ると自動的に明るくなった。四方の壁全体が白く発光しているよう

        だが、光がそんなに強烈にならないよう、調整されている。日本人ぎじゅちゅ

        者ケイコ氏による新しい「ケイコウ灯」で、内蔵式で場所を取らず、壁が何色

        であろうとも自然光に近い白色を出すというシロモノだから、おもシロい。

        さて、「記憶喪室」の内部だが、部屋の調度品は黒い外装とは裏腹に、淡いク

        リーム色でほぼ統一されていた。ほぼ、と書いたのは、向かって右側にあるす

        っきりとした外見のコンピュータ端末のモニターの横に、マンハッタンシェイ

        プ型の黒いマシンが置いてあり、また、右側の小さいステージ上には「マンダ

        ム」に出てくるようなリニアシートが設置されていたが、その上部に、ワイヤ

        ーとフックで釣り下げられた金色の円盤物体もあったからだ。この部屋でクリ

        ーム色でないものといえばそれくらいのもので、あとはすべて、壁の空調から

        床のコード類まで全部クリーム色だった。

        そう、誰夫は幼少のころからの「クリム童話」の愛読者で、落火星の衛星「ホ

        ボスォウ」に着陸したヒゲの宇宙飛行士がその感動をリニアシートで「う〜ん

        マンダム!」ともらした「スーパーマグナム俺が法律だ!」という話が大好き

        だから、この色を選んだのだった。それには同時に「マロンクリームを克服す
                          ロンマ
        るぞ!」という男の論魔をも体現したものであった。

        この実験が成功したら、貴方誰代さんと落火星入植団に参加して落花生を栽培

        するのも悪くない。誰夫は「記憶喪室」の蜜蜂ハッチを締めると、コンピュー

        タの前に座った。

         黒いボディのパソコン本体にある「XXX(トリプルエックス)6兆800

        0億」と銘記されたロゴを指で軽くふれる。すると、ズギャン!という音とと

        もにすぐに電源が入った。もっともコイつは単なるオブジェで、真のパソコン

        本体はモニタとの間にある、これまたクリーム色の小さな箱の方。これに「X

        XX」は改造接続され、起動用スイッチデバイスとして使われているのだ。小

        さい箱の方からは、ほとんど使いはしないが、旧来のキーボードと手かざしマ

        ウスとどんな形状にも変形する液状ハードディスクがつながれ、モニタ下の奥

        に押し込めてあった。

        1秒とかからぬうちにプロジェクタモニターより「中(ちゅん)」という漢字

        のロゴが、空間に出現した。OS「華触東(けざわひがし)」の起動だ。

        最近のソフトは昔に比べ、立ち上がりが早くなった。そのせいで開発者連中は、
                            ソ               ッ   ス
        愛と憎しみをこめて「S(スピード)・O・Sかぁー?」ととぼけた発言ばか

        りしているが、これも嫌な作動音を発するコメリカ製「ウイーンウイーンドゥ

        ズ」が衰退したおかげだ。しかしその代わりといってはナニな性能の、ジアジ

        経済統一連合国盟主ちゅん国のOS「華触東(けざわひがし)」が圧倒的なシ

        ェアを持つこととなってしまった。だが、それも僅差のことだったので、いず

        れまたコメリカが巻き返すこととなるのだろう。この業界の明日はわからぬ。

        歩いて家を出た弟の忘れ物を届けに兄が自転車で追いかけ・・・という文章問

        題も、いまだにわからぬ・・・

        それはさておき、「中」の文字の上下左右には、ロゴに続いてさまざまな大き

        さの「窓」が空間に浮かびあがり、起動状況やソフト、ファイルなどを一覧表

        示してきている。これは素粒子力場ホログラムを使った、いまどきの画面表示

        だ。ホログラムであるが、手で触ることができ、部屋の中の空間に自由に配置

        することができる。大きさも重さも硬さも自在に変化させることができるため、

        誰夫はよく添付ソフト「トーブー教」で豆腐を出し、カドに頭をブツけて楽し

        んだりしていた。(余談であるが、この機能を使った違法アダルトソフトは老

        若男女を問わずバカ売れしていた。現在は摘発中)。しかし、表示する場所が

        画面を飛び出しどんなに広がったからといって、たくさんの「窓」が出れば、

        目的のものを探すのに苦労するというのは、このタイプは一昔前から変わって

        はいない。検索システムも音声対応しているワリには「モタリ検索ですか?メ

        リ検索ですか?」とフザけた応答しかよこさず、このやろうと本体を分解して

        みると、内部には多数の怪しげなランプが明滅していたため、バグだろうとい

        うことでムシすることにした。そのへんが匿名さリーチ所長の一発大三元な「

        なにィ?!」なのであって、まさに「窓にまどわされる」とはこのことであろ

        う。

        誰夫は数個の「窓」を手元に寄せてコンピュータからの報告を読み、実験に必

        要な機能が準備されているか確認した。この実験は非常に高度なものなので、

        細心の注意が必要なのだ。「窓」を手元に寄せ読んでは指ではじき、また読ん

        でははじいて・・・どこにも異常はないようだ。

        よし、ではさっそく・・・

        「コ、「記憶喪室」プログラム起動」

        コ、とはコンピュータの略である。この時代のニポン人の略語はさらに短さに

        拍車がかり、若い連中の会話などは、略しに略されてほとんど高周波が飛び交

        うようなものだった。早く話せるため自然と声も高くなる。聞いているだけで

        キリキリ舞いし、胃がキリキリと痛む。かつて、高周波のようなキリキリ声で

        話す宇宙人との接触例があったが、それは文明の進んだ生物の使う言語として

        は、あながち間違いではなかったのかもしれない。だが彼らが宇宙カマキリ拳

        の使い手であったことは意外に知られていないし、いくらキリキリ略語を嫌っ

        たところで多くの人が使うようになれば、誰夫にも自然と浸透してしまうもの

        なのだ。

        「まかせろ、何処野誰夫。タイタニック号にでも乗った気でいてくれ」

        人間そっくりの音声合成が返事をした。そのココロは、極点近くで沈没するよ

        うな船には安心して乗れない、ということを意味するのだが、誰夫はそんなこ

        とにはおかまいなくサッサッと左ステージのリニアシートに座る。すぐにシー

        トのクッションがくしゃみのような音をさせ、変形して体にピッタリとフィッ

        トした。続いて背もたれが倒れ出し、ゆったりとくつろげる姿勢になった。こ

        れでリラックスできる。まさに気分は「リラックス・スーパー立地」なZタジ

        ョーンズだ。

        「脈拍、血圧、体温、呼吸、正常。アルファ、ベータ、シータ、河童、脳波各

        レベル、正常」

        その声とともに、誰夫の脳が立体ホログラムとなって目の前に表示された。左
                                           ドンナ
        回りに回転している。それを見ると、DNA寿司が食べたくなる。なぜなら、

        左巻き貝はおいしいからだ。

        「判定プログラムより判断。実験可能だにょ」

        まあ、不可能と言われたらプログラムを書き替えるまでだがな・・・と思いつ

        つ、

        「よーし、では・・・作動準備」

        誰夫はゆっくりと目を閉じ、深く息を吸い込んだ。そして、吐く。そのまま静

        かな呼吸を数回続けて、またゆっくりと目を開け・・・

        (思い出すのだ・・・いまわしいマロンクリームのことを・・・色、形、匂い、

        口の中での感触、そのほか思い出せることすべて・・・)

        誰夫は自分にそう言い聞かせていた。

        人間というものは、嫌なことほどよく覚えているものだ。忘れようとしてもな

        かなか忘れられない。かといって今の誰夫がすぐにマロンクリームをありあり

        と思い出せるかといえば・・・そう簡単にはいかなかった。やはり、死ぬほど

        嫌いなものであるから、思い出したくはないのだ。頭では思い出さなければな

        らないとわかっていても、体は正直なもので、恐怖し嫌がっている。肉体が思

        考にブレーキをかけるのだ。

        たかが食べ物なのに・・・と考えれば情けないことこのうえないが、肉体を維

        持するという生物としての本能に直結する事柄だからこそ、よけいにこだわり

        が生じるとは考えられないだろうか?

        (いけない・・・恐れてはいけない・・・オーソーレミィーヤァー・・・)

        だめだ、イタリア仕込みの魔よけの言葉も通じない。全身がこわばり、鳥肌が

        立つのがわかった。

        (このままではいけない・・・そうだ訓練だ・・・訓練を思い出せ・・・)

        その訓練とは一種の瞑想法で、集中力と精神力を高めるものである。あぐらを

        かいて、深く呼吸を続け、何か一つのことを思い浮かべる。次にそれを忘れな

        いようにして、連想できるものを次々に想起していくのだ。それは物だけに留

        まらず、感覚や経験でもいい。しかし決して最初のものから逸脱してはならな

        い。またこのとき、無用に体を緊張させてもいけないのだ。慣れるまでかなり

        の時間がかかるが、この訓練を続けていくと集中力が増し、何者にも揺れ動か

        ぬ精神力を獲得できるようになる。目を開けていようとも、頭の中に目的のも

        のをはっきりと描き出すことができる。ネイティブコメリカン・アゴッチ族長

        老アゴーの門外不出の教えだ。

        (思い出せ・・・)

        あの辛く悲しく楽しい修行の日々を。

        繊細で上品で淡泊で高貴な豊潤のすっきりとした自然でさわやか極まりない奥

        ゆきの複雑な素晴らしい経験を。

        (私には・・・できるはずだ・・・)

        信じるのだ。

        そこから得られた勇気と、自分自信の力を!

        (私は・・・それをマスターしたのだ・・・揺るぎない精神力を・・・何者に

        も負けることはない意志の力を・・・)

        ふいに、さきほどまでの体のこわばりが、フッと消えるのがわかった。

        (・・・だから!!)


        次の瞬間、頭の中にマロンクリームの姿が、ありありと浮かび上がった!

        しかし恐怖は感じない!

        むしろ冷静な観察者の感覚でそれを見ていられる!


        そのとき、目の前の脳ホログラムに変化が起きた。脳左右の部分、いわゆる側
                                              カイバ
        頭葉の一部分と、脳中心部の古皮質の奥、海馬の所が赤く点滅していたのだ。

        「それだッ!コ!「記憶喪室」ヤリカイ・ド・リフターズ作動!!!」

        「レジャー。いや、ラジャー」

        その声が発っせられると同時にリニアシートの背もたれがガクンと垂直になり、

        誰夫の体は前のめりにシートから飛び出そうとする!

        しかし間発を入れず、シート天井にあったフックが外れ、金色の円盤物体が、

        異常な速さで落下した!

        その絶妙なタイミング&マッチングは完璧ないやあん真朕具ゥゥゥ!


        くはわあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!


        思わず背中を丸めて「ほわあぁぁぁぁぁ・・・・」といった感じの金属音が響

        いて、金色の円盤物体は、みごとに誰夫の頭を直撃した。

        その金色の円盤物体の正体とは・・・

        そう、タライであった。

        ガランガランラン・・・と床に転がって止まったタライは、中央が無惨にへこ

        んでいた。もし喋れるなら「たらいま〜〜〜」と言っただろう。返す言葉は「

        おかへりあらどうしたのそのコブは」だっただろう。だが、よしんば、たたき

        直して古道具屋に売ったとしても、いずれは他の道具屋にたらいまわしにされ

        てしまうだろう。

        そして誰夫は・・・

        シートが勢いよく立ったおかげでフッ飛ばされつつ脳天にタライが直撃したの

        で・・・

        床に突っぷして、ピクリとも動かなかった。

        *      *      *      *      *      *      *      *      *      



                                                                   つづく