ジガ蜂

島木健作




 初夏と共に私の病室をおとづれる元気な訪問客はジガ蜂である。ジガ蜂の颯爽(さつさう)たる風姿はいかにもさかんな活動的な季節の先駆けたるにふさはしく、沈んだ病室内の空気までがにはかに活気を帯びて来るやうに思はれるのだつた。彼等は一刻もぢつとしてゐるといふことを知らない。飛んでゐる時は勿論、とまつてゐる時も溢るる精気に絶えず全身を小刻みにキビキビ動かし続けてやまない。胸から腹に続くところは糸のやうに細く、全体に細長い胴体はスマートで一見華奢(きやしや)のやうに見えるが、その実しんなりと硬く強靱で、あの細腹にしてからが棒切れぐらゐで引きちぎらうとしてもさう簡単に引きちぎれるものではない。色も鋼鉄のやうな光りをもつてゐて、真黒といふよりは青光りのする美しさである。翅(はね)も日の光を受けると紫色に輝いて美しい。病室の障子窓からすぐ手の届く所へまで枝を張つてゐる柿の木が、白い小さな花をぽたぽた落す間を、一刻を惜むやうに忙しげに飛び移つてゐる蜜蜂は、ジガ蜂にくらべるとただ善良な律儀者(りちぎもの)にしか見えなかつたし、山賊のやうな熊蜂は鈍重な愛矯者(あいけうもの)であつた。贅肉を持たぬひきしまつた体のジガ蜂は事実闘志に満ちた精悍(せいかん)な奴でもあつた。ある時、今天井に舞ひ上つたと見たジガ蜂が、「ぶあん」といふやうな翅音(はおと)とも思へぬやうな大きな音を立てたかと思ふと、急降下で、一直線に落ちて来たことがあつた。それが寝てゐる私の枕もとであつた。その瞬間は、さつきのジガ蜂とも知らず、何か黒いつぶてのやうなものが落ちて来ると思つた私は、顔に真直ぐ来るやうな気がして、思はず右手をあげて払つた。ぶーんと飛んで行つたのでジガ蜂だといふことを知つた。そして彼が急降下で落下したところには、肥えふとつた大きな虻(あぶ)がだらしなく足をすくめてころがつてゐた。つついてみると痙攣(けいれん)でも起してゐるらしい恰好で、しばらくは動けなかつた。この虻の大きな図体の上に馬乗りになり、肢(あし)でも首でも尻でも身体全体で抱へ込むやうにし、攻撃を加へながら毬(まり)のやうになつて落下して来たのである。
 またある時は軒下に張られた蜘蛛(くも)の巣に引つかかつたジガ蜂を見たことがあつた。蜘蛛の巣はまだ新しくほころびてもゐなかつた。ジガ蜂は引つかかつたなと思ふと、ぶるんと激しく足ぶるひして次の瞬間にはもう器用に抜け出して、そんなことがあつたともいはぬやうな顔で高い夏空さして飛んで行つた。あツといふ間のことで、よき獲物ござんなれと、上の方にゐて狙(ねら)つてゐた蜘蛛がするすると下りて来る間もなく、蜘蛛もあつけに取られた形だつた。その迅速果敢が、いかにもジガ蜂らしかつた。
 それにしても私のこの部屋にはなんといふ沢山な彼等なのだらう。入れ代り立ち代り忙しげな彼等には此頃急にふえて来た蝿共の数も及ばない。「大へんな蜂だなあ。」見舞に来た友だちがふと気づいて眼を見張るほどである。何か特別に彼等に好かれる理由でもあるのだらうか?
 私の部屋の障子窓の柱や鴨居(かもゐ)などには、小さなまるい穴が幾つも幾つもあいてゐる。それが何であるか、いつどうしてできたものか、私は今まで一向気にもとめなかつた。百姓家を改造した古い家だからそんな穴ぐらゐは当然だと、何が当然か考へても見ずに思つてゐた。それが毎日寝てゐるやうになつてはじめてその穴とジガ蜂とに特別な関係があるらしいことに気づいて来た。部屋に飛んで来て障子や柱にとまつたジガ蜂は、何かを求めるかのごとく、くるくると歩きまはりつつ、その穴を見つけると必ずそのなかへ入つてみる。一度ならず四度も五度も出たり入つたりする。穴のまはりを仔細ありげにぐるぐると廻る。また入る。また出る。そのうちに穴のなかから何かゴミのやうなものを運び出してくる。ゴミのなかには何かの虫の翅の切れはしのやうなものもまじつてゐるらしい。穴は体長八分ぐらゐの彼等の体がすつぽりとかくれてしまふくらゐの深さはあるらしい。さうやつてかなり長い時間かかつて穴の清掃を終へたと思ふと、ジガ蜂は戸外へ飛び去つて行つた。そしてまた帰つて来た時に、私は彼が肢の間に何かをかかへこんでゐるのを見た。それは何か羽のある小さな虫のやうだつた。彼はそれをかかへこんだまま穴のなかへ入つて行つた。獲物を押し込み終ると、すぐ飛び去つて行き、やがてまた新たないけにへをくはへて帰つて来た。今度のはジガ蜂自身の体ほどもある大きさのもので、よく見るとバツタの小さな奴らしかつた。ジガ蜂はかなり長くかかつてそれを穴へ突つ込んだ。三度目。今度のは何か青虫のやうなものだつた。あれらがみんな押し込められるとすれば、穴はかなり深く、恐らくは斜にうがたれ、奥は房のやうになつてゐるのだらう。ジガ蜂はまた飛び去つて行つたが、それは夏の日ももう間もなく暮れようとする頃だつた。そして彼はその日はそれきり帰つて来なかつた。
 翌朝、私が朝飯をすました頃には、彼はもうやつて来てゐた。それまでにもう彼が昨日のやうなことを繰り返したかどうかはわからない。私が見た時には、穴のある柱のまはりを、何か警戒でもするらしくしきりに動きまはつてゐた。遠くから段々距離を狭めつつ慎重な態度で穴まで来ると、今までのやうに頭からでなく、逆に尻の方から穴のなかへ入つて行つた。しかし全身をすつぽりと入れ切ることなく、胴体だけを入れて止まり、上半身は外に出してゐるのである。
 しばらくそのままの恰好で彼は静かにしてゐた。ぢつとしてゐるやうではあるが、よく見てゐると、彼はただ無意味にさうしてゐるのではなくて、あるいとなみ——しかも彼にとつて重大ないとなみの最中にあることがわかるのである。時々かすかに体を動かしてみる。またぢつとする。ある一つ事に全身を傾けながら、しかも絶えず八方に眼を配つて危害を加へようとする者に向つて警戒してゐるらしい。死んだ時以外には動かぬ時が想像できなかつたやうな彼だけにことさら真剣な面持に見えた。たしかにこれは生命をかけたいとなみである。……そして漸く私にもわかつて来た。ジガ蜂は卵を生みつけつつあるのである。
 それはかなり長い時間だつた。漸くにして彼は出て来た。軽くなつたらしい尻を上げ下げする動作に重大な務めを終へたあとの安堵(あんど)を見せながら、また穴のまはりをくるくると廻つた。それから飛び去つて行つた。また帰つて来た時に今度も彼は何かをくはへ込んでゐる。彼はそれをくはへたまま穴に首を突つこんでしきりに何かやつてゐた。穴はジガ蜂の体の陰になつて寝てゐる私からはよく見えなかつた。やがてジガ蜂が身を退けた時、私は驚いた。穴の入口は壁土のごときもので綺麗に塗り固められてしまつてゐる。白い美しい壁土である。それで私はさきに彼がくはへて来たのは土塊であり、自分の唾液か何かで溶いて塗り固めたのだといふことを知つた。それにしてもあの白さはどういふのだらう。土を練り上げる蜜の作用ででもあるのだらうか?
 ジガ蜂はさも満足気に触角を振りなどしてゐたが、やがて翅音も高く飛び去つた。
 翌日彼はまたやつて来た。そして異常なしと知るとすぐに飛び去つた。
 私はほかの穴を注意して見た。そしてそれらの穴々が、いつの間にか次々に塗り固められて行つてゐるのを見た。
 それは暑い八月の半ば過ぎであつた。ことに何十年ぶりとかの酷暑の年だつた。病気の私は全く弱り切つてゐた。二日続きのジガ蜂の一挙一動を観察するのにさへも私はひどく疲れた。初夏の頃に私を喜ばせた彼等の活溌な挙動も、今はむしろ煩(わづら)はしく、うるさかつた。それに彼等の活溌な行動が生殖のためだといふはじめから自明なことも、その時の私の気分にはなじまなかつた。あの白い壁に何か細い棒を一本一本刺し込んでやつたらどんなものだらう……私はそんなことを空想した。病気がもう少しよく、歩ける程度だつたら実際私はそれをやつたにちがひなかつた。来年卵がむしける[#「むしける」に傍点]頃、——さういふ時間が第一私には重苦しく思はれた。私には一ケ月先を予想して何かを考へるのさへ、頼りなく思はれることがあつた。さうかと思ふと、十年二十年先を予想して大きな夢想に耽つてゐることがあつた。かういふ取り止めなさが病気の悪くなりつつある証拠であると考へ、絶望の病人ほど大きな夢想に耽りがちだといふ定説を考へ、だがまたさういふことを一々自覚し反省してゐることに安心を覚えたりもするのであつた。
 やがて夏が過ぎ、秋も去り、冬になつた。賑やかだつた私の部屋の虫どもも影を消した。だがなほそこに残つてゐるものがあつた。冬の蝿は珍しくない。しかし冬のカマキリとか冬のカメムシとかいふものはどうだらう? 十二月初め頃までなら道ばたに足を引きずつてゐるヨボヨボしたカマキリを見ることがある。しかし私は一月も末になつてから障子につかまつてゐる彼を発見したのだ。あの臭ガメに至つては二月に入つてからあらはれた。彼等は何れも夏の青みを失つて——種類がちがふのかも知れないが——出来のわるい干葉(ひば)のやうな色をしてゐた。臭ガメのあの臭い汁も今ではもう蒸発し切つてゐるやうだつた。午後になると私は日当りのいい南向きの障子窓にすぐ近くおいた籐椅子の上に寝に行く。すると彼等もいつの間にかそこの障子にやつて来てゐる。彼等は仲よくならんでゐる。私の顔と彼等とは一尺しか離れてゐない。日がかげるまで我々はさうしてほとんど身動きもしない。
 或日はまた、私が机の前の障子をあけた時であつた。パラパラと音がして何か小さな豆のやうなものが机の上にこぼれ落ちて来た。彼等はテンタウ虫であつた。彼等は群をなして越年するのに暖かい私の病室をえらんだのであらう。それからしばらく障子の上にも机の上にも本の上にも、到るところに黒地に真紅の色を染め抜いた日の丸を背負つた彼等の賑やかな行進が続いてゐた。彼等は私の寝床の上までも這つて来た。
 私はかういふものたちを伴侶にして冬を籠つた。その間にも病気は一進一退した。
 また暖かい季節が巡つて来て、ある日私はあの元気な、なつかしい、ぶーんといふ翅音を聞いた。私ははつと思つて、胸のときめきをさへ感じた。私はジガ蜂のことをすつかり忘れてしまつてゐた。私は急に思ひ出して、去年のあの白壁塗りの穴を見た。私はそろそろと起き上つて行つて、近くに寄つてつくづくと見た。するとどうだらう、白壁の真中にはいつの間にか小さな穴がすぽツとあいてゐるではないか。私はほかの白壁も調べてみた。そのどれもが、内から破られて以前の穴にかへつてゐた。
 私がさうしてゐる間にも一匹二匹と数を増して来たらしい飛ぶ虫の翅音は立つてゐる私の周囲をめぐつて次第に高く強く聞えて来るのであつた。やがてその音は部屋うちに溢るるばかりに遍満して来た。私はその時はじめて衰へた心身にしみとほるばかりの生の歓喜を感じたのである。
(昭和二十一年三月)



底本:筑摩書房刊現代日本文學大系70
   1970(昭和45)年6月25日初版第1刷
入力:j.utiyama
校正:かとうかおり
ファイル作成:野口英司
1998年8月26日公開
1999年8月10日修正
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