虞美人草

夏目漱石




        七

 燐寸(マッチ)を擦(す)る事一寸(いっすん)にして火は闇(やみ)に入る。幾段の彩錦(さいきん)を捲(めく)り終れば無地の境(さかい)をなす。春興は二人(ににん)の青年に尽きた。狐の袖無(ちゃんちゃん)を着て天下を行くものは、日記を懐(ふところ)にして百年の憂(うれい)を抱(いだ)くものと共に帰程(きてい)に上(のぼ)る。
 古き寺、古き社(やしろ)、神の森、仏の丘を掩(おお)うて、いそぐ事を解(げ)せぬ京の日はようやく暮れた。倦怠(けた)るい夕べである。消えて行くすべてのものの上に、星ばかり取り残されて、それすらも判然(はき)とは映らぬ。瞬(またた)くも嬾(ものう)き空の中にどろんと溶けて行こうとする。過去はこの眠れる奥から動き出す。
 一人(いちにん)の一生には百の世界がある。ある時は土の世界に入り、ある時は風の世界に動く。またある時は血の世界に腥(なまぐさ)き雨を浴びる。一人の世界を方寸に纏(まと)めたる団子(だんし)と、他の清濁を混じたる団子と、層々相連(あいつらな)って千人に千個の実世界を活現する。個々の世界は個々の中心を因果(いんが)の交叉点に据えて分相応の円周を右に劃(かく)し左に劃す。怒(いかり)の中心より画(えが)き去る円は飛ぶがごとくに速(すみや)かに、恋の中心より振り来(きた)る円周は※(ほのお)痕(あと)を空裏(くうり)に焼く。あるものは道義の糸を引いて動き、あるものは奸譎(かんきつ)の圜(かん)をほのめかして回(めぐ)る。縦横に、前後に、上下(しょうか)四方に、乱れ飛ぶ世界と世界が喰い違うとき秦越(しんえつ)の客ここに舟を同じゅうす。甲野(こうの)さんと宗近(むねちか)君は、三春行楽(さんしゅんこうらく)の興尽きて東に帰る。孤堂(こどう)先生と小夜子(さよこ)は、眠れる過去を振り起して東に行く。二個の別世界は八時発の夜汽車で端(はし)なくも喰い違った。
 わが世界とわが世界と喰い違うとき腹を切る事がある。自滅する事がある。わが世界と他(ひと)の世界と喰い違うとき二つながら崩れる事がある。破(か)けて飛ぶ事がある。あるいは発矢(はっし)と熱を曳(ひ)いて無極のうちに物別れとなる事がある。凄(すさ)まじき喰い違い方が生涯(しょうがい)に一度起るならば、われは幕引く舞台に立つ事なくして自(おのず)からなる悲劇の主人公である。天より賜わる性格はこの時始めて第一義において躍動する。八時発の夜汽車で喰い違った世界はさほどに猛烈なものではない。しかしただ逢(お)うてただ別れる袖(そで)だけの縁(えにし)ならば、星深き春の夜を、名さえ寂(さ)びたる七条(しちじょう)に、さして喰い違うほどの必要もあるまい。小説は自然を彫琢(ちょうたく)する。自然その物は小説にはならぬ。
 二個の世界は絶えざるがごとく、続かざるがごとく、夢のごとく幻(まぼろし)のごとく、二百里の長き車のうちに喰い違った。二百里の長き車は、牛を乗せようか、馬を乗せようか、いかなる人の運命をいかに東の方(かた)に搬(はこ)び去ろうか、さらに無頓着(むとんじゃく)である。世を畏(おそ)れぬ鉄輪(てつわ)をごとりと転(まわ)す。あとは驀地(ましぐら)に闇(やみ)を衝(つ)く。離れて合うを待ち佗(わ)び顔なるを、行(ゆ)いて帰るを快からぬを、旅に馴れて徂徠(そらい)を意とせざるを、一様に束(つか)ねて、ことごとく土偶(どぐう)のごとくに遇待(もてなそ)うとする。夜(よ)こそ見えね、熾(さか)んに黒煙(くろけむり)を吐きつつある。
 眠る夜を、生けるものは、提灯(ちょうちん)の火に、皆七条に向って動いて来る。梶棒(かじぼう)が下りるとき黒い影が急に明かるくなって、待合に入る。黒い影は暗いなかから続々と現われて出る。場内は生きた黒い影で埋(うず)まってしまう。残る京都は定めて静かだろうと思われる。
 京の活動を七条の一点にあつめて、あつめたる活動の千と二千の世界を、十把一束(じっぱひとからげ)に夜明までに、あかるい東京へ推(お)し出そうために、汽車はしきりに煙を吐きつつある。黒い影はなだれ始めた。——一団の塊まりはばらばらに解(ほご)れて点となる。点は右へと左へと動く。しばらくすると、無敵な音を立てて車輛(しゃりょう)の戸をはたはたと締めて行く。忽然(こつぜん)としてプラットフォームは、在(あ)る人を掃(は)いて捨てたようにがらんと広くなる。大きな時計ばかりが窓の中から眼につく。すると口笛(くちぶえ)が遥(はる)かの後(うし)ろで鳴った。車はごとりと動く。互の世界がいかなる関係に織り成さるるかを知らぬ気(げ)に、闇の中を鼻で行く、甲野さんは、宗近君は、孤堂先生は、可憐なる小夜子は、同じくこの車に乗っている。知らぬ車はごとりごとりと廻転する。知らぬ四人は、四様の世界を喰い違わせながら暗い夜の中に入る。
「だいぶ込み合うな」と甲野さんは室内を見廻わしながら云う。
「うん、京都の人間はこの汽車でみんな博覧会見物に行くんだろう。よっぽど乗ったね」
「そうさ、待合所が黒山のようだった」
「京都は淋(さび)しいだろう。今頃は」
「ハハハハ本当に。実に閑静な所だ」
「あんな所にいるものでも動くから不思議だ。あれでもやっぱりいろいろな用事があるんだろうな」
「いくら閑静でも生れるものと死ぬものはあるだろう」と甲野さんは左の膝を右の上へ乗せた。
「ハハハハ生れて死ぬのが用事か。蔦屋(つたや)の隣家(となり)に住んでる親子なんか、まあそんな連中だね。随分ひっそり暮してるぜ。かたりともしない。あれで東京へ行くと云うから不思議だ」
「博覧会でも見に行くんだろう」
「いえ、家(うち)を畳んで引っ越すんだそうだ」
「へええ。いつ」
「いつか知らない。そこまでは下女に聞いて見なかった」
「あの娘もいずれ嫁に行く事だろうな」と甲野さんは独(ひと)り言(ごと)のように云う。
「ハハハハ行くだろう」と宗近君は頭陀袋(ずだぶくろ)を棚(たな)へ上げた腰を卸(おろ)しながら笑う。相手は半分顔を背(そむ)けて硝子越(ガラスごし)に窓の外を透(すか)して見る。外はただ暗いばかりである。汽車は遠慮もなく暗いなかを突切って行く。轟(ごう)と云う音のみする。人間は無能力である。
「随分早いね。何哩(マイル)くらいの速力か知らん」と宗近君が席の上へ胡坐(あぐら)をかきながら云う。
「どのくらい早いか外が真暗でちっとも分らん」
「外が暗くったって、早いじゃないか」
「比較するものが見えないから分らないよ」
「見えなくったって、早いさ」
「君には分るのか」
「うん、ちゃんと分る」と宗近君は威張って胡坐をかき直す。話しはまた途切れる。汽車は速度を増して行く。向(むこう)の棚(たな)に載せた誰やらの帽子が、傾いたまま、山高の頂(いただき)を顫(ふる)わせている。給仕(ボーイ)が時々室内を抜ける。大抵の乗客は向い合せに顔と顔を見守っている。
「どうしても早いよ。おい」と宗近君はまた話しかける。甲野さんは半分眼を眠(ねむ)っていた。
「ええ?」
「どうしてもね、——早いよ」
「そうか」
「うん。そうら——早いだろう」
 汽車は轟(ごう)と走る。甲野さんはにやりと笑ったのみである。
「急行列車は心持ちがいい。これでなくっちゃ乗ったような気がしない」
「また夢窓国師より上等じゃないか」
「ハハハハ第一義に活動しているね」
「京都の電車とは大違だろう」
「京都の電車か? あいつは降参だ。全然第十義以下だ。あれで運転しているから不思議だ」
「乗る人があるからさ」
「乗る人があるからって——余(あんま)りだ。あれで布設したのは世界一だそうだぜ」
「そうでもないだろう。世界一にしちゃあ幼稚過ぎる」
「ところが布設したのが世界一なら、進歩しない事も世界一だそうだ」
「ハハハハ京都には調和している」
「そうだ。あれは電車の名所古蹟だね。電車の金閣寺だ。元来十年一日のごとしと云うのは賞(ほ)める時の言葉なんだがな」
「千里の江陵(こうりょう)一日に還るなんと云う句もあるじゃないか」
「一百里程塁壁の間さ」
「そりゃ西郷隆盛だ」
「そうか、どうもおかしいと思ったよ」
 甲野さんは返事を見合せて口を緘(と)じた。会話はまた途切れる。汽車は例によって轟(ごう)と走る。二人の世界はしばらく闇(やみ)の中に揺られながら消えて行く。同時に、残る二人の世界が、細長い夜(よ)を糸のごとく照らして動く電灯の下(もと)にあらわれて来る。
 色白く、傾く月の影に生れて小夜(さよ)と云う。母なきを、つづまやかに暮らす親一人子一人の京の住居(すまい)に、盂蘭盆(うらぼん)の灯籠(とうろう)を掛けてより五遍になる。今年の秋は久し振で、亡き母の精霊(しょうりょう)を、東京の苧殻(おがら)で迎える事と、長袖の右左に開くなかから、白い手を尋常に重ねている。物の憐れは小さき人の肩にあつまる。乗(の)し掛(かか)る怒(いかり)は、撫(な)で下(おろ)す絹しなやかに情(なさけ)の裾(すそ)に滑(すべ)り込む。
 紫に驕(おご)るものは招く、黄に深く情濃きものは追う。東西の春は二百里の鉄路に連(つら)なるを、願の糸の一筋に、恋こそ誠なれと、髪に掛けたる丈長(たけなが)を顫(ふる)わせながら、長き夜を縫うて走る。古き五年は夢である。ただ滴(した)たる絵筆の勢に、うやむやを貫いて赫(かっ)と染めつけられた昔の夢は、深く記憶の底に透(とお)って、当時(そのかみ)を裏返す折々にさえ鮮(あざや)かに煮染(にじ)んで見える。小夜子の夢は命よりも明かである。小夜子はこの明かなる夢を、春寒(はるさむ)の懐(ふところ)に暖めつつ、黒く動く一条の車に載(の)せて東に行く。車は夢を載せたままひたすらに、ただ東へと走る。夢を携えたる人は、落すまじと、ひしと燃ゆるものを抱(だ)きしめて行く。車は無二無三に走る。野には緑(みど)りを衝(つ)き、山には雲を衝き、星あるほどの夜には星を衝いて走る。夢を抱(いだ)く人は、抱きながら、走りながら、明かなる夢を暗闇(くらやみ)の遠きより切り放して、現実の前に抛(な)げ出さんとしつつある。車の走るごとに夢と現実の間は近づいてくる。小夜子の旅は明かなる夢と明かなる現実がはたと行き逢(お)うて区別なき境に至ってやむ。夜はまだ深い。
 隣りに腰を掛けた孤堂先生はさほどに大事な夢を持っておらぬ。日ごとに※(あご)の下に白くなる疎髯(そぜん)を握っては昔(むか)しを思い出そうとする。昔しは二十年の奥に引き籠(こも)って容易には出て来ない。漠々(ばくばく)たる紅塵のなかに何やら動いている。人か犬か木か草かそれすらも判然せぬ。人の過去は人と犬と木と草との区別がつかぬようになって始めて真の過去となる。恋々(れんれん)たるわれを、つれなく見捨て去る当時(そのかみ)に未練があればあるほど、人も犬も草も木もめちゃくちゃである。孤堂先生は胡麻塩(ごましお)交(まじ)りの髯(ひげ)をぐいと引いた」
「御前が京都へ来たのは幾歳(いくつ)の時だったかな」
「学校を廃(や)めてから、すぐですから、ちょうど十六の春でしょう」
「すると、今年で何だね、……」
「五年目です」
「そう五年になるね。早いものだ、ついこの間のように思っていたが」とまた髯を引っ張った。
「来た時に嵐山(あらしやま)へ連れていっていただいたでしょう。御母(おかあ)さんといっしょに」
「そうそう、あの時は花がまだ早過ぎたね。あの時分から思うと嵐山もだいぶ変ったよ。名物の団子(だんご)もまだできなかったようだ」
「いえ御団子はありましたわ。そら三軒茶屋(さんげんぢゃや)の傍(そば)で喫(た)べたじゃありませんか」
「そうかね。よく覚えていないよ」
「ほら、小野さんが青いのばかり食べるって、御笑いなすったじゃありませんか」
「なるほどあの時分は小野がいたね。御母(おっか)さんも丈夫だったがな。ああ早く亡(な)くなろうとは思わなかったよ。人間ほど分らんものはない。小野もそれからだいぶ変ったろう。何しろ五年も逢わないんだから……」
「でも御丈夫だから結構ですわ」
「そうさ。京都へ来てから大変丈夫になった。来たては随分蒼(あお)い顔をしてね、そうして何だか始終(しじゅう)おどおどしていたようだが、馴れるとだんだん平気になって……」
「性質が柔和(やさし)いんですよ」
「柔和いんだよ。柔和過ぎるよ。——でも卒業の成績が優等で銀時計をちょうだいして、まあ結構だ。——人の世話はするもんだね。ああ云う性質(たち)の好い男でも、あのまま放(ほう)って置けばそれぎり、どこへどう這入(はい)ってしまうか分らない」
「本当にね」
 明かなる夢は輪を描(えが)いて胸のうちに回(めぐ)り出す。死したる夢ではない。五年の底から浮き刻(ぼ)りの深き記憶を離れて、咫尺(しせき)に飛び上がって来る。女はただ眸(ひとみ)を凝(こ)らして眼前に逼(せま)る夢の、明らかに過ぐるほどの光景を右から、左から、前後上下から見る。夢を見るに心を奪われたる人は、老いたる親の髯(ひげ)を忘れる。小夜子は口をきかなくなった。
「小野は新橋まで迎(むかえ)にくるだろうね」
「いらっしゃるでしょうとも」
 夢は再び躍(おど)る。躍るなと抑えたるまま、夜を込めて揺られながらに、暗きうちを駛(か)ける。老人は髯から手を放す。やがて眼を眠(ねむ)る。人も犬も草も木も判然(はき)と映らぬ古き世界には、いつとなく黒い幕が下りる。小さき胸に躍りつつ、転(まわ)りつつ、抑えられつつ走る世界は、闇を照らして火のごとく明かである。小夜子はこの明かなる世界を抱(いだ)いて眠についた。
 長い車は包む夜を押し分けて、やらじと逆(さか)う風を打つ。追い懸くる冥府(よみ)の神を、力ある尾に敲(たた)いて、ようやくに抜け出でたる暁の国の青く煙(けぶ)る向うが一面に競(せ)り上がって来る。茫々(ぼうぼう)たる原野の自(おのず)から尽きず、しだいに天に逼(せま)って上へ上へと限りなきを怪しみながら、消え残る夢を排して、眼(まなこ)を半天に走らす時、日輪の世は明けた。
 神の代(よ)を空に鳴く金鶏(きんけい)の、翼(つばさ)五百里なるを一時に搏(はばたき)して、漲(みな)ぎる雲を下界に披(ひら)く大虚の真中(まんなか)に、朗(ほがらか)に浮き出す万古(ばんこ)の雪は、末広になだれて、八州の野(や)を圧する勢を、左右に展開しつつ、蒼茫(そうぼう)の裡(うち)に、腰から下を埋(うず)めている。白きは空を見よがしに貫ぬく。白きものの一段を尽くせば、紫(むらさき)の襞(ひだ)と藍(あい)の襞とを斜(なな)めに畳んで、白き地(じ)を不規則なる幾条(いくすじ)に裂いて行く。見上ぐる人は這(は)う雲の影を沿うて、蒼暗(あおぐら)き裾野(すその)から、藍、紫の深きを稲妻(いなずま)に縫いつつ、最上の純白に至って、豁然(かつぜん)として眼が醒(さ)める。白きものは明るき世界にすべての乗客を誘(いざな)う。
「おい富士が見える」と宗近君が座を滑(すべ)り下りながら、窓をはたりと卸(おろ)す。広い裾野(すその)から朝風がすうと吹き込んでくる。
「うん。さっきから見えている」と甲野さんは駱駝(らくだ)の毛布(けっと)を頭から被(かむ)ったまま、存外冷淡である。
「そうか、寝(ね)なかったのか」
「少しは寝た」
「何だ、そんなものを頭から被って……」
「寒い」と甲野さんは膝掛の中で答えた。
「僕は腹が減った。まだ飯は食わさないだろうか」
「飯を食う前に顔を洗わなくっちゃ……」
「ごもっともだ。ごもっともな事ばかり云う男だ。ちっと富士でも見るがいい」
叡山(えいざん)よりいいよ」
「叡山? 何だ叡山なんか、たかが京都の山だ」
「大変軽蔑(けいべつ)するね」
「ふふん。——どうだい、あの雄大な事は。人間もああ来なくっちゃあ駄目だ」
「君にはああ落ちついちゃいられないよ」
「保津川が関の山か。保津川でも君より上等だ。君なんぞは京都の電車ぐらいなところだ」
「京都の電車はあれでも動くからいい」
「君は全く動かないか。ハハハハ。さあ駱駝を払い退(の)けて動いた」と宗近君は頭陀袋(ずだぶくろ)を棚(たな)から取り卸(おろ)す。室(へや)のなかはざわついてくる。明かるい世界へ馳(か)け抜けた汽車は沼津で息を入れる。——顔を洗う。
 窓から肉の落ちた顔が半分出る。疎髯(そぜん)を一本ごとにあるいは黒くあるいは白く朝風に吹かして
「おい弁当を二つくれ」と云う。孤堂先生は右の手に若干(そこばく)の銀貨を握って、へぎ[#「へぎ」に傍点]折(おり)を取る左と引(ひ)き換(かえ)に出す。御茶は部屋のなかで娘が注(つ)いでいる。
「どうだね」と折の蓋(ふた)を取ると白い飯粒が裏へ着いてくる。なかには長芋(ながいも)の白茶(しらちゃ)に寝転んでいる傍(かたわ)らに、一片(ひときれ)の玉子焼が黄色く圧(お)し潰(つぶ)されようとして、苦し紛れに首だけ飯の境に突き込んでいる。
「まだ、食べたくないの」と小夜子は箸(はし)を執(と)らずに折ごと下へ置く。
「やあ」と先生は茶碗を娘から受取って、膝の上の折に突き立てた箸(はし)を眺(なが)めながら、ぐっと飲む。
「もう直(じき)ですね」
「ああ、もう訳はない」と長芋(ながいも)が髯の方へ動き出した。
「今日はいい御天気ですよ」
「ああ天気で仕合せだ。富士が奇麗(きれい)に見えたね」と長芋が髯から折のなかへ這入(はい)る。
「小野さんは宿を捜(さ)がして置いて下すったでしょうか」
「うん。捜が——捜がしたに違ない」と先生の口が、喫飯(めし)と返事を兼勤する。食事はしばらく継続する。
「さあ食堂へ行こう」と宗近君が隣りの車室で米沢絣(よねざわがすり)の襟(えり)を掻き合せる。背広の甲野さんは、ひょろ長く立ち上がった。通り道に転がっている手提革鞄(てさげかばん)を跨(また)いだ時、甲野さんは振り返って
「おい、蹴爪(けつま)ずくと危ない」と注意した。
 硝子戸(ガラスど)を押し開(あ)けて、隣りの車室へ足を踏み込んだ甲野さんは、真直(まっすぐ)に抜ける気で、中途まで来た時、宗近君が後(うし)ろから、ぐいと背広の尻を引っ張った。
「御飯が少し冷えてますね」
「冷えてるのはいいが、硬過(こわす)ぎてね。——阿爺(おとっさん)のように年を取ると、どうも硬(こわ)いのは胸に痞(つか)えていけないよ」
「御茶でも上がったら……注(つ)ぎましょうか」
 青年は無言のまま食堂へ抜けた。
 日ごと夜ごとを入り乱れて、尽十方(じんじっぽう)に飛び交(か)わす小世界の、普(あま)ねく天涯(てんがい)を行き尽して、しかも尽くる期なしと思わるるなかに、絹糸の細きを厭(いと)わず植えつけし蚕(かいこ)の卵の並べるごとくに、四人の小宇宙は、心なき汽車のうちに行く夜半(よわ)を背中合せの知らぬ顔に並べられた。星の世は掃(は)き落されて、大空の皮を奇麗に剥(は)ぎ取った白日の、隠すなかれと立ち上(のぼ)る窓の中(うち)に、四人の小宇宙は偶(ぐう)を作って、ここぞと互に擦(す)れ違った。擦れ違って通り越した二個の小宇宙は今白い卓布(たくふ)を挟んでハムエクスを平げつつある。
「おいいたぜ」と宗近君が云う。
「うんいた」と甲野さんは献立表(メヌー)を眺(なが)めながら答える。
「いよいよ東京へ行くと見える。昨夕(ゆうべ)京都の停車場(ステーション)では逢わなかったようだね」
「いいや、ちっとも気がつかなかった」
「隣りに乗ってるとは僕も知らなかった。——どうも善く逢うね」
「少し逢い過ぎるよ。——このハムはまるで膏(あぶら)ばかりだ。君のも同様かい」
「まあ似たもんだ。君と僕の違ぐらいなところかな」と宗近君は肉刺(フォーク)を逆(さかしま)にして大きな切身を口へ突き込む。
「御互に豚をもって自任しているのかなあ」と甲野さんは、少々情(なさ)けなさそうに白い膏味(あぶらみ)を頬張(ほおば)る。
「豚でもいいが、どうも不思議だよ」
猶太人(ユデアじん)は豚を食わんそうだね」と甲野さんは突然超然たる事を云う。
猶太人(ユデアじん)はともかくも、あの女がさ。少し不思議だよ」
「あんまり逢うからかい」
「うん。——給仕(ボーイ)紅茶を持って来い」
「僕はコフィーを飲む。この豚は駄目だ」と甲野さんはまた女を外(はず)してしまう。
「これで何遍逢うかな。一遍、二遍、三遍と何でも三遍ばかり逢うぜ」
「小説なら、これが縁になって事件が発展するところだね。これだけでまあ無事らしいから……」と云ったなり甲野さんはコフィーをぐいと飲む。
「これだけで無事らしいから御互に豚なんだろう。ハハハハ。——しかし何とも云われない。君があの女に懸想(けそう)して……」
「そうさ」と甲野さん、相手の文句を途中で消してしまった。
「それでなくっても、このくらい逢うくらいだからこの先、どう関係がつかないとも限らない」
「君とかい」
「なにさ、そんな関係じゃないほかの関係さ。情交以外の関係だよ」
「そう」と甲野さんは、左の手で顎(あご)を支(ささ)えながら、右に持ったコフィー茶碗を鼻の先に据(す)えたままぼんやり向うを見ている。
蜜柑(みかん)が食いたい」と宗近君が云う。甲野さんは黙っている。やがて
「あの女は嫁にでも行くんだろうか」と毫(ごう)も心配にならない気色(けしき)で云う。
「ハハハハ。聞いてやろうか」と挨拶(あいさつ)も聞く料簡(りょうけん)はなさそうである。
「嫁か? そんなに嫁に行きたいものかな」
「だからさ、そりゃ聞いて見なけりゃあ分からないよ」
「君の妹なんぞは、どうだ。やっぱり行きたいようかね」と甲野さんは妙な事を真面目(まじめ)に聞き出した。
「糸公か。あいつは、から赤児(ねんね)だね。しかし兄思いだよ。狐の袖無(ちゃんちゃん)を縫ってくれたり、なんかしてね。あいつは、あれで裁縫が上手なんだぜ。どうだ肱突(ひじつき)でも造(こしら)えてもらってやろうか」
「そうさな」
「いらないか」
「うん、いらん事もないが……」
 肱突は不得要領に終って、二人は食卓を立った。孤堂先生の車室を通り抜けた時、先生は顔の前に朝日新聞を一面に拡(ひろ)げて、小夜子は小さい口に、玉子焼をすくい込んでいた。四個の小世界はそれぞれに活動して、二たたび列車のなかに擦(す)れ違ったまま、互の運命を自家の未来に危ぶむがごとく、また怪しまざるがごとく、測るべからざる明日(あす)の世界を擁して新橋の停車場(ステーション)に着く。
「さっき馳(か)けて行ったのは小野じゃなかったか」と停車場を出る時、宗近君が聞いて見る。
「そうか。僕は気がつかなかったが」と甲野さんは答えた。
 四個の小世界は、停車場(ステーション)に突き当って、しばらく、ばらばらとなる。

        八

 一本の浅葱桜(あさぎざくら)が夕暮を庭に曇る。拭き込んだ椽(えん)は、立て切った障子の外に静かである。うちは小形の長火鉢(ながひばち)に手取形(てとりがた)の鉄瓶(てつびん)を沸(たぎ)らして前には絞(しぼ)り羽二重(はぶたえ)の座布団(ざぶとん)を敷く。布団の上には甲野(こうの)の母が品(ひん)よく座(すわ)っている。きりりと釣り上げた眼尻の尽くるあたりに、疳(かん)の筋(すじ)が裏を通って額へ突き抜けているらしい上部(うわべ)を、浅黒く膚理(きめ)の細かい皮が包んで、外見だけは至極(しごく)穏やかである。——針を海綿に蔵(かく)して、ぐっと握らしめたる後、柔らかき手に膏薬(こうやく)を貼(は)って創口(きずぐち)を快よく慰めよ。出来得べくんば唇(くちびる)を血の出る局所に接(つ)けて他意なきを示せ。——二十世紀に生れた人はこれだけの事を知らねばならぬ。骨を露(あら)わすものは亡(ほろ)ぶと甲野さんがかつて日記に書いた事がある。
 静かな椽に足音がする。今卸(おろ)したかと思われるほどの白足袋(しろたび)を張り切るばかりに細長い足に見せて、変り色の厚い※(ふき)の椽に引き擦るを軽く蹴返(けかえ)しながら、障子(しょうじ)をすうと開ける。
 居住(いずまい)をそのままの母は、濃い眉(まゆ)を半分ほど入口に傾けて、
「おや御這入(おはいり)」と云う。
 藤尾(ふじお)は無言で後(あと)を締める。母の向(むこう)に火鉢を隔ててすらりと坐った時、鉄瓶(てつびん)はしきりに鳴る。
 母は藤尾の顔を見る。藤尾は火鉢の横に二つ折に畳んである新聞を俯目(ふしめ)に眺める。——鉄瓶は依然として鳴る。
 口多き時に真(まこと)少なし。鉄瓶の鳴るに任せて、いたずらに差し向う親と子に、椽は静かである。浅葱桜は夕暮を誘いつつある。春は逝(ゆ)きつつある。
 藤尾はやがて顔を上げた。
「帰って来たのね」
 親、子の眼は、はたと行き合った。真は一瞥(いちべつ)に籠(こも)る。熱に堪(た)えざる時は骨を露(あら)わす。
「ふん」
 長煙管(ながぎせる)に煙草(たばこ)の殻を丁(ちょう)とはたく音がする。
「どうする気なんでしょう」
「どうする気か、彼人(あのひと)の料簡(りょうけん)ばかりは御母(おっか)さんにも分らないね」
 雲井の煙は会釈(えしゃく)なく、骨の高い鼻の穴から吹き出す。
「帰って来ても同(おんな)じ事ですね」
「同じ事さ。生涯(しょうがい)あれなんだよ」
 御母(おっか)さんの疳(かん)の筋は裏から表へ浮き上がって来た。
家(うち)を襲(つ)ぐのがあんなに厭(いや)なんでしょうか」
「なあに、口だけさ。それだから悪(にく)いんだよ。あんな事を云って私達(わたしたち)に当付(あてつ)けるつもりなんだから……本当に財産も何も入らないなら自分で何かしたら、善いじゃないか。毎日毎日ぐずぐずして、卒業してから今日(きょう)までもう二年にもなるのに。いくら哲学だって自分一人ぐらいどうにかなるにきまっていらあね。煮(に)え切らないっちゃありゃしない。彼人(あのひと)の顔を見るたんびに阿母(おっかさん)は疳癪(かんしゃく)が起ってね。……」
「遠廻しに云う事はちっとも通じないようね」
「なに、通じても、不知(しら)を切ってるんだよ」
「憎らしいわね」
「本当に。彼人がどうかしてくれないうちは、御前の方をどうにもする事が出来ない。……」
 藤尾は返事を控えた。恋はすべての罪悪を孕(はら)む。返事を控えたうちには、あらゆるものを犠牲に供するの決心がある。母は続ける。
「御前も今年で二十四じゃないか。二十四になって片付かないものが滅多(めった)にあるものかね。——それを、嫁にやろうかと相談すれば、御廃(およ)しなさい、阿母(おっか)さんの世話は藤尾にさせたいからと云うし、そんなら独立するだけの仕事でもするかと思えば、毎日部屋のなかへ閉(と)じ籠(こも)って寝転んでるしさ。——そうして他人(ひと)には財産を藤尾にやって自分は流浪(るろう)するつもりだなんて云うんだよ。さもこっちが邪魔にして追い出しにでもかかってるようで見っともないじゃないか」
「どこへ行って、そんな事を云ったんです」
宗近(むねちか)の阿爺(おとっさん)の所へ行った時、そう云ったとさ」
「よっぽど男らしくない性質(たち)ですね。それより早く糸子(いとこ)さんでも貰(もら)ってしまったら好いでしょうに」
「全体貰う気があるのかね」
「兄さんの料簡(りょうけん)はとても分りませんわ。しかし糸子さんは兄さんの所へ来たがってるんですよ」
 母は鳴る鉄瓶(てつびん)を卸(おろ)して、炭取を取り上げた。隙間(すきま)なく渋(しぶ)の洩(も)れた劈痕焼(ひびやき)に、二筋三筋藍(あい)を流す波を描(えが)いて、真白(ましろ)な桜を気ままに散らした、薩摩(さつま)の急須(きゅうす)の中には、緑りを細く綯(よ)り込んだ宇治(うじ)の葉が、午(ひる)の湯に腐(ふ)やけたまま、ひたひたに重なり合うて冷えている。
「御茶でも入れようかね」
「いいえ」と藤尾は疾(と)く抜け出した香(かおり)のなお余りあるを、急須と同じ色の茶碗のなかに畳み込む。黄な流れの底を敲(たた)くほどは、さほどとも思えぬが、縁(ふち)に近くようやく色を増して、濃き水は泡(あわ)を面(おもて)に片寄せて動かずなる。
 母は掻(か)き馴(な)らしたる灰の盛り上りたるなかに、佐倉炭(さくらずみ)の白き残骸(なきがら)の完(まった)きを毀(こぼ)ちて、心(しん)に潜む赤きものを片寄せる。温(ぬく)もる穴の崩(くず)れたる中には、黒く輪切の正しきを択(えら)んで、ぴちぴちと活(い)ける。——室内の春光は飽(あ)くまでも二人(ふたり)の母子(ぼし)に穏かである。
 この作者は趣なき会話を嫌う。猜疑(さいぎ)不和の暗き世界に、一点の精彩を着せざる毒舌は、美しき筆に、心地よき春を紙に流す詩人の風流ではない。閑花素琴(かんかそきん)の春を司(つかさ)どる人の歌めく天(あめ)が下(した)に住まずして、半滴(はんてき)の気韻(きいん)だに帯びざる野卑の言語を臚列(ろれつ)するとき、毫端(ごうたん)に泥を含んで双手に筆を運(めぐ)らしがたき心地がする。宇治の茶と、薩摩の急須(きゅうす)と、佐倉の切り炭を描(えが)くは瞬時の閑(かん)を偸(ぬす)んで、一弾指頭(いちだんしとう)に脱離の安慰を読者に与うるの方便である。ただし地球は昔(むか)しより廻転する。明暗は昼夜を捨てぬ。嬉(うれ)しからぬ親子の半面を最も簡短に叙するはこの作者の切(せつ)なき義務である。茶を品し、炭を写したる筆は再び二人の対話に戻らねばならぬ。二人の対話は少なくとも前段より趣がなくてはならぬ。
「宗近と云えば、一(はじめ)もよっぽど剽軽者(ひょうきんもの)だね。学問も何にも出来ない癖に大きな事ばかり云って、——あれで当人は立派にえらい気なんだよ」
 厩(うまや)と鳥屋(とや)といっしょにあった。牝鶏(めんどり)の馬を評する語に、——あれは鶏鳴(とき)をつくる事も、鶏卵(たまご)を生む事も知らぬとあったそうだ。もっともである。
「外交官の試験に落第したって、ちっとも恥ずかしがらないんですよ。普通(なみ)のものなら、もう少し奮発する訳ですがねえ」
「鉄砲玉だよ」
 意味は分からない。ただ思い切った評である。藤尾は滑(なめ)らかな頬(ほお)に波を打たして、にやりと笑った。藤尾は詩を解する女である。駄菓子の鉄砲玉は黒砂糖を丸めて造る。砲兵工廠(ほうへいこうしょう)の鉄砲玉は鉛を鎔(と)かして鋳(い)る。いずれにしても鉄砲玉は鉄砲玉である。そうして母は飽(あ)くまでも真面目(まじめ)である。母には娘の笑った意味が分からない。
「御前はあの人をどう思ってるの」
 娘の笑は、端(はし)なくも母の疑問を起す。子を知るは親に若(し)かずと云う。それは違っている。御互に喰い違っておらぬ世界の事は親といえども唐(から)、天竺(てんじく)である。
「どう思ってるって……別にどうも思ってやしません」
 母は鋭どき眉(まゆ)の下から、娘を屹(きっ)と見た。意味は藤尾にちゃんと分っている。相手を知るものは騒がず。藤尾はわざと落ちつき払って母の切って出るのを待つ。掛引は親子の間にもある。
「御前あすこへ行く気があるのかい」
「宗近へですか」と聞き直す。念を押すのは満を引いて始めて放つための下拵(したごしらえ)と見える。
「ああ」と母は軽く答えた。
「いやですわ」
「いやかい」
「いやかいって、……あんな趣味のない人」と藤尾はすぱりと句を切った。筍(たけのこ)を輪切りにすると、こんな風になる。張(はり)のある眉(まゆ)に風を起して、これぎりでたくさんだと締切った口元になお籠(こも)る何物かがちょっと閃(はため)いてすぐ消えた。母は相槌(あいづち)を打つ。
「あんな見込のない人は、私(わたし)も好かない」
 趣味のないのと見込のないのとは別物である。鍛冶(かじ)の頭(かみ)はかん[#「かん」に傍点]と打ち、相槌はとん[#「とん」に傍点]と打つ。されども打たるるは同じ剣(つるぎ)である。
「いっそ、ここで、判然(はっきり)断わろう」
「断わるって、約束でもあるんですか」
「約束? 約束はありません。けれども阿爺(おとっさん)が、あの金時計を一(はじめ)にやると御言いのだよ」
「それが、どうしたんです」
「御前が、あの時計を玩具(おもちゃ)にして、赤い珠(たま)ばかり、いじっていた事があるもんだから……」
「それで」
「それでね——この時計と藤尾とは縁の深い時計だがこれを御前にやろう。しかし今はやらない。卒業したらやる。しかし藤尾が欲しがって繰(く)っ着(つ)いて行くかも知れないが、それでも好いかって、冗談(じょうだん)半分に皆(みんな)の前で一におっしゃったんだよ」
「それを今だに謎(なぞ)だと思ってるんですか」
「宗近の阿爺(おとっさん)の口占(くちうら)ではどうもそうらしいよ」
「馬鹿らしい」
 藤尾は鋭どい一句を長火鉢の角(かど)に敲(たた)きつけた。反響はすぐ起る。
「馬鹿らしいのさ」
「あの時計は私が貰いますよ」
「まだ御前の部屋にあるかい」
「文庫のなかに、ちゃんとしまってあります」
「そう。そんなに欲しいのかい。だって御前には持てないじゃないか」
「いいから下さい」
 鎖の先に燃える柘榴石(ガーネット)は、蒔絵(まきえ)の蘆雁(ろがん)を高く置いた手文庫の底から、怪しき光りを放って藤尾を招く。藤尾はすうと立った。朧(おぼろ)とも化けぬ浅葱桜(あさぎざくら)が、暮近く消えて行くべき昼の命を、今少時(しばし)と護(まも)る椽(えん)に、抜け出した高い姿が、振り向きながら、瘠面(やさおもて)の影になった半面を、障子のうちに傾けて
「あの時計は小野さんに上げても好いでしょうね」
と云う。障子(しょうじ)のうちの返事は聞えず。——春は母と子に暮れた。
 同時に豊かな灯(ひ)が宗近家の座敷に点(とも)る。静かなる夜を陽に返す洋灯(ランプ)の笠に白き光りをゆかしく罩(こ)めて、唐草(からくさ)を一面に高く敲(たた)き出した白銅の油壺(あぶらつぼ)が晴がましくも宵(よい)に曇らぬ色を誇る。灯火(ともしび)の照らす限りは顔ごとに賑(にぎ)やかである。
「アハハハハ」と云う声がまず起る。この灯火(ともしび)の周囲(まわり)に起るすべての談話はアハハハハをもって始まるを恰好(かっこう)と思う。
「それじゃ相輪※(そうりんとう)も見ないだろう」と大きな声を出す。声の主は老人である。色の好い頬の肉が双方から垂れ余って、抑えられた顎(あご)はやむを得ず二重(ふたえ)に折れている。頭はだいぶ禿(は)げかかった。これを時々撫(な)でる。宗近の父は頭を撫で禿がしてしまった。
相輪※た何ですか」と宗近君は阿爺(おやじ)の前で変則の胡坐(あぐら)をかいている。
「アハハハハそれじゃ叡山(えいざん)へ何しに登ったか分からない」
「そんなものは通り路に見当らなかったようだね、甲野(こうの)さん」
 甲野さんは茶碗を前に、くすんだ万筋の前を合して、黒い羽織の襟(えり)を正しく坐っている。甲野さんが問い懸(か)けられた時、※然(にこやか)な糸子の顔は揺(うご)いた。
相輪※はなかったようだね」と甲野さんは手を膝(ひざ)の上に置いたままである。
「通り路にないって……まあどこから登ったか知らないが——吉田かい」
「甲野さん、あれは何と云う所かね。僕らの登ったのは」
「何と云う所か知ら」
阿爺(おとっさん)何でも一本橋を渡ったんですよ」
「一本橋を?」
「ええ、——一本橋を渡ったな、君、——もう少し行くと若狭(わかさ)の国へ出る所だそうです」
「そう早く若狭へ出るものか」と甲野さんはたちまち前言を取り消した。
「だって君が、そう云ったじゃないか」
「それは冗談(じょうだん)さ」
「アハハハハ若狭へ出ちゃ大変だ」と老人は大いに愉快そうである。糸子も丸顔に二重瞼(ふたえまぶた)の波を寄せた。
「一体御前方はただ歩行(ある)くばかりで飛脚(ひきゃく)同然だからいけない。——叡山には東塔(とうとう)、西塔(さいとう)、横川(よかわ)とあって、その三ヵ所を毎日往来してそれを修業にしている人もあるくらい広い所だ。ただ登って下りるだけならどこの山へ登ったって同じ事じゃないか」
「なに、ただの山のつもりで登ったんです」
「アハハハそれじゃ足の裏へ豆を出しに登ったようなものだ」
「豆はたしかです。豆はそっちの受持です」と笑ながら甲野さんの方を見る。哲学者もむずかしい顔ばかりはしておられぬ。灯火(ともしび)は明かに揺れる。糸子は袖(そで)を口へ当てて、崩(くず)しかかった笑顔の収まり際(ぎわ)に頭(つむり)を上げながら、眸(ひとみ)を豆の受持ち手の方へ動かした。眼を動かさんとするものは、まず顔を動かす。火事場に泥棒を働らくの格である。家庭的の女にもこのくらいな作略(さりゃく)はある。素知らぬ顔の甲野さんは、すぐ問題を呈出した。
御叔父(おじ)さん、東塔とか西塔とか云うのは何の名ですか」
「やはり延暦寺(えんりゃくじ)の区域だね。広い山の中に、あすこに一(ひ)と塊(かた)まり、ここに一と塊まりと坊が集(かた)まっているから、まあこれを三つに分けて東塔とか西塔とか云うのだと思えば間違はない」
「まあ、君、大学に、法、医、文とあるようなものだよ」と宗近君は横合から、知ったような口を出す。
「まあ、そうだ」と老人は即座に賛成する。
東(とう)は修羅(しゅら)、西(さい)は都に近ければ横川(よかわ)の奥ぞ住みよかりけると云う歌がある通り、横川が一番淋(さび)しい、学問でもするに好い所となっている。——今話した相輪※(そうりんとう)から五十丁も這入(はい)らなければ行かれない」
「どうれで知らずに通った訳だな、君」と宗近君がまた甲野さんに話しかける。甲野さんは何とも云わずに老人の説明を謹聴している。老人は得意に弁ずる。
「そら謡曲の船弁慶(ふなべんけい)にもあるだろう。——かように候(そうろう)ものは、西塔(さいとう)の傍(かたわら)に住居(すまい)する武蔵坊弁慶にて候——弁慶は西塔におったのだ」
「弁慶は法科にいたんだね。君なんかは横川の文科組なんだ。——阿爺(おとっ)さん叡山(えいざん)の総長は誰ですか」
「総長とは」
「叡山の——つまり叡山を建てた男です」
開基(かいき)かい。開基は伝教大師(でんぎょうだいし)さ」
「あんな所へ寺を建てたって、人泣かせだ、不便で仕方がありゃしない。全体昔(むか)しの男は酔興だよ。ねえ甲野さん」
 甲野さんは何だか要領を得ぬ返事を一口した。
「伝教大師は御前(おまい)、叡山の麓(ふもと)で生れた人だ」
「なるほどそう云えば分った。甲野さん分ったろう」
「何が」
「伝教大師御誕生地と云う棒杭(ぼうぐい)が坂本に建っていましたよ」
「あすこで生れたのさ」
「うん、そうか、甲野さん君も気が着いたろう」
「僕は気が着かなかった」
「豆に気を取られていたからさ」
「アハハハハ」と老人がまた笑う。
 観ずるものは見ず。昔しの人は想(そう)こそ無上(むじょう)なれと説いた。逝(ゆ)く水は日夜を捨てざるを、いたずらに真と書き、真と書いて、去る波の今書いた真を今載(の)せて杳然(ようぜん)と去るを思わぬが世の常である。堂に法華(ほっけ)と云い、石に仏足(ぶっそく)と云い、※(とう)に相輪(そうりん)と云い、院に浄土と云うも、ただ名と年と歴史を記(き)して吾事(わがこと)畢(おわ)ると思うは屍(しかばね)を抱(いだ)いて活ける人を髣髴(ほうふつ)するようなものである。見るは名あるがためではない。観ずるは見るがためではない。太上(たいじょう)は形を離れて普遍の念に入る。——甲野さんが叡山(えいざん)に登って叡山を知らぬはこの故である。
 過去は死んでいる。大法鼓(だいほうこ)を鳴らし、大法螺(だいほうら)を吹き、大法幢(だいほうとう)を樹(た)てて王城の鬼門を護(まも)りし昔(むか)しは知らず、中堂に仏眠りて天蓋(てんがい)に蜘蛛(くも)の糸引く古伽藍(ふるがらん)を、今(いま)さらのように桓武(かんむ)天皇の御宇(ぎょう)から堀り起して、無用の詮議(せんぎ)に、千古の泥を洗い落すは、一日に四十八時間の夜昼ある閑人(ひまじん)の所作(しょさ)である。現在は刻(こく)をきざんで吾(われ)を待つ。有為(うい)の天下は眼前に落ち来(きた)る。双の腕(かいな)は風を截(き)って乾坤(けんこん)に鳴る。——これだから宗近君は叡山に登りながら何にも知らぬ。
 ただ老人だけは太平である。天下の興廃は叡山一刹(いっさつ)の指揮によって、夜来(やらい)、日来(にちらい)に面目を新たにするものじゃと思い籠(こ)めたように、※々(びび)として叡山を説く。説くは固(もと)より青年に対する親切から出る。ただ青年は少々迷惑である。
「不便だって、修業のためにわざわざ、ああ云う山を択(えら)んで開くのさ。今の大学などはあまり便利な所にあるから、みんな贅沢(ぜいたく)になって行かん。書生の癖に西洋菓子だの、ホイスキーだのと云って……」
 宗近君は妙な顔をして甲野さんを見た。甲野さんは存外真面目(まじめ)である。
阿爺(おとっさん)叡山の坊主は夜十一時頃から坂本まで蕎麦(そば)を食いに行くそうですよ」
「アハハハ真逆(まさか)」
「なに本当ですよ。ねえ甲野さん。——いくら不便だって食いたいものは食いたいですからね」
「それはのらくら[#「のらくら」に傍点]坊主だろう」
「すると僕らはのらくら[#「のらくら」に傍点]書生かな」
「御前達はのらくら[#「のらくら」に傍点]以上だ」
「僕らは以上でもいいが——坂本までは山道二里ばかりありますぜ」
「あるだろう、そのくらいは」
「それを夜の十一時から下りて、蕎麦を食って、それからまた登るんですからね」
「だから、どうなんだい」
到底(とても)のらくら[#「のらくら」に傍点]じゃ出来ない仕事ですよ」
「アハハハハ」と老人は大きな腹を競(せ)り出して笑った。洋灯(ランプ)の蓋(かさ)が喫驚(びっくり)するくらいな声である。
「あれでも昔しは真面目な坊主がいたものでしょうか」と今度は甲野さんがふと思い出したような様子で聞いて見る。
「それは今でもあるよ。真面目なものが世の中に少ないごとく、僧侶(そうりょ)にも多くはないが——しかし今だって全く無い事はない。何しろ古い寺だからね。あれは始めは一乗止観院(いちじょうしかんいん)と云って、延暦寺となったのはだいぶ後(あと)の事だ。その時分から妙な行(ぎょう)があって、十二年間山へ籠(こも)り切りに籠るんだそうだがね」
「蕎麦どころじゃありませんね」
「どうして。——何しろ一度も下山しないんだから」
「そう山の中で年ばかり取ってどうする了見(りょうけん)かな」
と宗近君が今度は独語(ひとりごと)のように云う。
「修業するのさ。御前達もそうのらくら[#「のらくら」に傍点]しないでちとそんな真似(まね)でもするがいい」
「そりゃ駄目ですよ」
「なぜ」
「なぜって。僕は出来ない事もないが、そうした日にゃ、あなたの命令に背(そむ)く訳になりますからね」
「命令に?」
「だって人の顔を見るたんびに嫁を貰え嫁を貰えとおっしゃるじゃありませんか。これから十二年も山へ籠(こも)ったら、嫁を貰う時分にゃ腰が曲がっちまいます」
 一座はどっと噴(ふ)き出した。老人は首を少し上げて頭の禿を逆(さか)に撫でる。垂れ懸った頬の肉が顫(ふる)え落ちそうだ。糸子は俯向(うつむ)いて声を殺したため二重瞼(ふたえまぶた)が薄赤くなる。甲野さんの堅い口も解けた。
「いや修業も修業だが嫁も貰わなくちゃあ困る。何しろ二人だから億劫(おっくう)だ。——欽吾(きんご)さんも、もう貰わなければならんね」
「ええ、そう急には……」
 いかにも気の無い返事をする。嫁を貰うくらいなら十二年叡山へでも籠(こも)る方が増しであると心のうちに思う。すべてを見逃さぬ糸子の目には欽吾の心がひらりと映った。小さい胸が急に重くなる。
「しかし阿母(おっか)さんが心配するだろう」
 甲野さんは何とも答えなかった。この老人も自分の母を尋常の母と心得ている。世の中に自分の母の心のうちを見抜いたものは一人(いちにん)もない。自分の母を見抜かなければ自分に同情しようはずがない。甲野さんは眇然(びょうぜん)として天地の間(あいだ)に懸(かか)っている。世界滅却の日をただ一人(ひとり)生き残った心持である。
「君がぐずぐずしていると藤尾さんも困るだろう。女は年頃をはずすと、男と違って、片づけるにも骨が折れるからね」
 敬うべく愛すべき宗近の父は依然として母と藤尾の味方である。甲野さんは返事のしようがない。
一(はじめ)にも貰って置かんと、わしも年を取っているから、いつどんな事があるかも知れないからね」
 老人は自分の心で、わが母の心を推(すい)している。親と云う名が同じでも親と云う心には相違がある。しかし説明は出来ない。
「僕は外交官の試験に落第したから当分駄目ですよ」と宗近が横から口を出した。
「去年は落第さ。今年の結果はまだ分らんだろう」
「ええ、まだ分らんです。ですがね、また落第しそうですよ」
「なぜ」
「やっぱりのらくら[#「のらくら」に傍点]以上だからでしょう」
「アハハハハ」
 今夕(こんせき)の会話はアハハハハに始まってアハハハハに終った。

        九

 真葛(まくず)が原(はら)に女郎花(おみなえし)が咲いた。すらすらと薄(すすき)を抜けて、悔(くい)ある高き身に、秋風を品(ひん)よく避(よ)けて通す心細さを、秋は時雨(しぐれ)て冬になる。茶に、黒に、ちりちりに降る霜(しも)に、冬は果てしなく続くなかに、細い命を朝夕(あさゆう)に頼み少なく繋(つ)なぐ。冬は五年の長きを厭(いと)わず。淋しき花は寒い夜を抜け出でて、紅緑に貧(まずしさ)を知らぬ春の天下に紛(まぎ)れ込んだ。地に空に春風のわたるほどは物みな燃え立って富貴(ふうき)に色づくを、ひそかなる黄を、一本(ひともと)の細き末にいただいて、住むまじき世に肩身狭く憚(はば)かりの呼吸(いき)を吹くようである。
 今までは珠(たま)よりも鮮(あざ)やかなる夢を抱(いだ)いていた。真黒闇(まくらやみ)に据(す)えた金剛石にわが眼を授け、わが身を与え、わが心を託して、その他なる右も左りも気に懸(か)ける暇(いとま)もなかった。懐(ふところ)に抱く珠の光りを夜(よ)に抜いて、二百里の道を遥々(はるばる)と闇の袋より取り出した時、珠は現実の明海(あかるみ)に幾分か往昔(そのかみ)の輝きを失った。
 小夜子(さよこ)は過去の女である。小夜子の抱けるは過去の夢である。過去の女に抱かれたる過去の夢は、現実と二重の関を隔てて逢(あ)う瀬はない。たまたまに忍んで来れば犬が吠(ほ)える。自(みず)からも、わが来(く)る所ではないか知らんと思う。懐に抱く夢は、抱くまじき罪を、人目を包む風呂敷に蔵(かく)してなおさらに疑(うたがい)を路上に受くるような気がする。
 過去へ帰ろうか。水のなかに紛れ込んだ一雫(ひとしずく)の油は容易に油壺(あぶらつぼ)の中へ帰る事は出来ない。いやでも応でも水と共に流れねばならぬ。夢を捨てようか。捨てられるものならば明海へ出ぬうちに捨ててしまう。捨てれば夢の方で飛びついて来る。
 自分の世界が二つに割れて、割れた世界が各自(てんで)に働き出すと苦しい矛盾が起る。多くの小説はこの矛盾を得意に描(えが)く。小夜子の世界は新橋の停車場(ステーション)へぶつかった時、劈痕(ひび)が入った。あとは割れるばかりである。小説はこれから始まる。これから小説を始める人の生活ほど気の毒なものはない。
 小野さんも同じ事である。打ち遣(や)った過去は、夢の塵(ちり)をむくむくと掻(か)き分けて、古ぼけた頭を歴史の芥溜(ごみため)から出す。おやと思う間(ま)に、ぬっくと立って歩いて来る。打ち遣った時に、生息(いき)の根を留(と)めて置かなかったのが無念であるが、生息は断わりもなく向(むこう)で吹き返したのだから是非もない。立ち枯れの秋草が気紛(きまぐれ)の時節を誤って、暖たかき陽炎(かげろう)のちらつくなかに甦(よみが)えるのは情(なさ)けない。甦ったものを打ち殺すのは詩人の風流に反する。追いつかれれば労(いたわ)らねば済まぬ。生れてから済まぬ事はただの一度もした事はない。今後とてもする気はない。済まぬ事をせぬように、また自分にも済むように、小野さんはちょっと未来の袖(そで)に隠れて見た。紫(むらさき)の匂は強く、近づいて来る過去の幽霊もこれならばと度胸を据(す)えかける途端(とたん)に小夜子は新橋に着いた。小野さんの世界にも劈痕が入る。作者は小夜子を気の毒に思うごとくに、小野さんをも気の毒に思う。
阿父(おとっさん)は」と小野さんが聞く。
「ちょっと出ました」と小夜子は何となく臆している。引き越して新たに家をなす翌日(あした)より、親一人に、子一人に春忙がしき世帯は、蒸(む)れやすき髪に櫛(くし)の歯を入れる暇もない。不断着の綿入(めんいり)さえ見すぼらしく詩人の眼に映(うつ)る。——粧(よそおい)は鏡に向って凝(こ)らす、玻璃瓶裏(はりへいり)に薔薇(ばら)の香(か)を浮かして、軽く雲鬟(うんかん)を浸(ひた)し去る時、琥珀(こはく)の櫛は条々(じょうじょう)の翠(みどり)を解く。——小野さんはすぐ藤尾の事を思い出した。これだから過去は駄目だと心のうちに語るものがある。
御忙(おいそが)しいでしょう」
「まだ荷物などもそのままにしております……」
「御手伝に出るつもりでしたが、昨日(きのう)も一昨日(おととい)も会がありまして……」
 日ごとの会に招かるる小野さんはその方面に名を得たる証拠である。しかしどんな方面か、小夜子には想像がつかぬ。ただ己(おの)れよりは高過ぎて、とても寄りつけぬ方面だと思う。小夜子は俯向(うつむ)いて、膝(ひざ)に載(の)せた右手の中指に光る金の指輪を見た。——藤尾(ふじお)の指輪とは無論比較にはならぬ。
 小野さんは眼を上げて部屋の中を見廻わした。低い天井(てんじょう)の白茶けた板の、二た所まで節穴(ふしあな)の歴然(れっき)と見える上、雨漏(あまもり)の染(し)みを侵(おか)して、ここかしこと蜘蛛(くも)の囲(い)を欺(あざむ)く煤(すす)がかたまって黒く釣りを懸(か)けている。左から四本目の桟の中ほどを、杉箸(すぎばし)が一本横に貫ぬいて、長い方の端(はじ)が、思うほど下に曲がっているのは、立ち退(の)いた以前の借主が通す縄に胸を冷やす氷嚢(ひょうのう)でもぶら下げたものだろう。次の間(ま)を立て切る二枚の唐紙(からかみ)は、洋紙に箔(はく)を置いて英吉利(イギリス)めいた葵(あおい)の幾何(きか)模様を規則正しく数十個並べている。屋敷らしい縁(ふち)の黒塗がなおさら卑しい。庭は二た間を貫ぬく椽(えん)に沿うて勝手に折れ曲ると云う名のみで、幅は茶献上(ちゃけんじょう)ほどもない。丈(じょう)に足らぬ檜(ひのき)が春に用なき、去年の葉を硬(かた)く尖(とが)らして、瘠(や)せこけて立つ後(うし)ろは、腰高塀(こしだかべい)に隣家(となり)の話が手に取るように聞える。
 家は小野さんが孤堂(こどう)先生のために周旋したに相違ない。しかし極(きわ)めて下卑(げび)ている。小野さんは心のうちに厭(いや)な住居(すまい)だと思った。どうせ家を持つならばと思った。袖垣(そでがき)に辛夷(こぶし)を添わせて、松苔(まつごけ)を葉蘭(はらん)の影に畳む上に、切り立ての手拭(てぬぐい)が春風に揺(ふ)らつくような所に住んで見たい。——藤尾はあの家を貰うとか聞いた。
御蔭(おかげ)さまで、好い家(うち)が手に入りまして……」と誇る事を知らぬ小夜子は云う。本当に好い家と心得ているなら情(なさ)けない。ある人に奴鰻(やっこうなぎ)を奢(おご)ったら、御蔭様で始めて旨(うま)い鰻を食べましてと礼を云った。奢った男はそれより以来この人を軽蔑(けいべつ)したそうである。
 いじらしい[#「いじらしい」に傍点]のと見縊(みくび)るのはある場合において一致する。小野さんはたしかに真面目に礼を云った小夜子を見縊った。しかしそのうちに露いじらしい[#「いじらしい」に傍点]ところがあるとは気がつかなかった。紫が祟(たた)ったからである。祟があると眼玉が三角になる。
「もっと好い家(うち)でないと御気に入るまいと思って、方々尋ねて見たんですが、あいにく恰好(かっこう)なのがなくって……」
と云い懸(か)けると、小夜子は、すぐ、
「いえこれで結構ですわ。父も喜んでおります」と小野さんの言葉を打ち消した。小野さんは吝嗇(けち)な事を云うと思った。小夜子は知らぬ。
 細い面(おもて)をちょっと奥へ引いて、上眼に相手の様子を見る。どうしても五年前とは変っている。——眼鏡は金に変っている。久留米絣(くるめがすり)は背広に変っている。五分刈(ごぶがり)は光沢(つや)のある毛に変っている。——髭(ひげ)は一躍して紳士の域に上(のぼ)る。小野さんは、いつの間にやら黒いものを蓄えている。もとの書生ではない。襟(えり)は卸(おろ)し立てである。飾りには留針(ピン)さえ肩を動かすたびに光る。鼠の勝った品(ひん)の好い胴衣(チョッキ)の隠袋(かくし)には——恩賜の時計が這入(はい)っている。この上に金時計をとは、小さき胸の小夜子が夢にだも知るはずがない。小野さんは変っている。
 五年の間一日一夜(ひとひひとよ)も懐(ふところ)に忘られぬ命より明らかな夢の中なる小野さんはこんな人ではなかった。五年は昔である。西東(にしひがし)長短の袂(たもと)を分かって、離愁(りしゅう)を鎖(とざ)す暮雲(ぼうん)に相思(そうし)の関(かん)を塞(せ)かれては、逢(あ)う事の疎(うと)くなりまさるこの年月(としつき)を、変らぬとのみは思いも寄らぬ。風吹けば変る事と思い、雨降れば変る事と思い、月に花に変る事と思い暮らしていた。しかし、こうは変るまいと念じてプラット・フォームへ下りた。
 小野さんの変りかたは過去を順当に延ばして、健気(けなげ)に生い立った阿蒙(あもう)の変りかたではない。色の褪(さ)めた過去を逆(さか)に捩(ね)じ伏せて、目醒(めざま)しき現在を、相手が新橋へ着く前の晩に、性急に拵(こし)らえ上げたような変りかたである。小夜子には寄りつけぬ。手を延ばしても届きそうにない。変りたくても変られぬ自分が恨(うら)めしい気になる。小野さんは自分と遠ざかるために変ったと同然である。
 新橋へは迎(むかえ)に来てくれた。車を傭(やと)って宿へ案内してくれた。のみならず、忙がしいうちを無理に算段して、蝸牛(かたつむり)親子して寝る庵(いおり)を借りてくれた。小野さんは昔の通り親切である。父も左様(さよう)に云う。自分もそう思う。しかし寄りつけない。
 プラット・フォームを下りるや否や御荷物をと云った。小(ち)さい手提(てさげ)の荷にはならず、持って貰うほどでもないのを無理に受取って、膝掛(ひざかけ)といっしょに先へ行った、刻(きざ)み足の後(うし)ろ姿を見たときに——これはと思った。先へ行くのは、遥々(はるばる)と来た二人を案内するためではなく、時候後(おく)れの親子を追い越して馳(か)け抜けるためのように見える。割符(わりふ)とは瓜(うり)二つを取ってつけて較(くら)べるための証拠(しるし)である。天に懸(かか)る日よりも貴(とうと)しと護(まも)るわが夢を、五年(いつとせ)の長き香洩(かも)る「時」の袋から現在に引き出して、よも間違はあるまいと見較べて見ると、現在ははやくも遠くに立ち退(の)いている。握る割符は通用しない。
 始めは穴を出でて眩(まばゆ)き故と思う。少し慣(な)れたらばと、逝(ゆ)く日を杖(つえ)に、一度逢い、二度逢い、三度四度と重なるたびに、小野さんはいよいよ丁寧になる。丁寧になるにつけて、小夜子はいよいよ近寄りがたくなる。
 やさしく咽喉(のど)に滑(す)べり込む長い顎(あご)を奥へ引いて、上眼に小野さんの姿を眺(なが)めた小夜子は、変る眼鏡を見た。変る髭(ひげ)を見た。変る髪の風(ふう)と変る装(よそおい)とを見た。すべての変るものを見た時、心の底でそっと嘆息(ためいき)を吐(つ)いた。ああ。
「京都の花はどうです。もう遅いでしょう」
 小野さんは急に話を京都へ移した。病人を慰めるには病気の話をする。好かぬ昔に飛び込んで、ありがたくほどけ掛けた記憶の綯(より)を逆(ぎゃく)に戻すは、詩人の同情である。小夜子は急に小野さんと近づいた。
「もう遅いでしょう。立つ前にちょっと嵐山(あらしやま)へ参りましたがその時がちょうど八分通りでした」
「そのくらいでしょう、嵐山(あらしやま)は早いですから。それは結構でした。どなたとごいっしょに」
 花を看(み)る人は星月夜のごとく夥(おびただ)しい。しかしいっしょに行く人は天を限り地を限って父よりほかにない。父でなければ——あとは胸のなかでも名は言わなかった。
「やっぱり阿父(おとっさん)とですか」
「ええ」
「面白かったでしょう」と口の先で云う。小夜子はなぜか情(なさ)けない心持がする。小野さんは出直した。
「嵐山も元とはだいぶ違ったでしょうね」
「ええ。大悲閣(だいひかく)の温泉などは立派に普請(ふしん)が出来て……」
「そうですか」
小督(こごう)の局(つぼね)の墓がござんしたろう」
「ええ、知っています」
彼所(あすこ)いらは皆(みんな)掛茶屋ばかりで大変賑やかになりました」
毎年(まいとし)俗になるばかりですね。昔の方がよほど好い」
 近寄れぬと思った小野さんは、夢の中の小野さんとぱたりと合った。小夜子ははっと思う。
「本当に昔の方が……」と云い掛けて、わざと庭を見る。庭には何にもない。
「私がごいっしょに遊びに行った時分は、そんなに雑沓(ざっとう)しませんでしたね」
 小野さんはやはり夢の中の小野さんであった。庭を向いた眼は、ちらりと真向(まむき)に返る。金縁の眼鏡(めがね)と薄黒い口髭(くちひげ)がすぐ眸(ひとみ)に映(うつ)る。相手は依然として過去の人ではない。小夜子はゆかしい昔話の緒(いとくち)の、するすると抜け出しそうな咽喉(のど)を抑(おさ)えて、黙って口をつぐんだ。調子づいて角(かど)を曲ろうとする、どっこいと突き当る事がある。品(ひん)のいい紳士淑女の対話も胸のうちでは始終(しじゅう)突き当っている。小野さんはまた口を開く番となる。
「あなたはあの時分と少しも違っていらっしゃいませんね」
「そうでしょうか」と小夜子は相手を諾するような、自分を疑うような、気の乗らない返事をする。変っておりさえすればこんなに心配はしない。変るのは歳(とし)ばかりで、いたずらに育った縞柄(しまがら)と、用い古るした琴(こと)が恨(うら)めしい。琴は蔽(おい)のまま床の間に立て掛けてある。
「私はだいぶ変りましたろう」
「見違えるように立派に御成りです事」
「ハハハハそれは恐れ入りますね。まだこれからどしどし変るつもりです。ちょうど嵐山のように……」
 小夜子は何と答えていいか分らない。膝(ひざ)に手を置いたまま、下を向いている。小さい耳朶(みみたぶ)が、行儀よく、鬢(びん)の末を潜(くぐ)り抜けて、頬(ほお)と頸(くび)の続目(つぎめ)が、暈(ぼか)したように曲線を陰に曳(ひ)いて去る。見事な画(え)である。惜しい事に真向(まむき)に座(すわ)った小野さんには分からない。詩人は感覚美を好む。これほどの肉の上げ具合、これほどの肉の退(ひ)き具合、これほどの光線(ひ)に、これほどの色の付き具合は滅多(めった)に見られない。小野さんがこの瞬間にこの美しい画を捕えたなら、編み上げの踵(かかと)を、地に滅(め)り込むほどに回(めぐ)らして、五年の流を逆に過去に向って飛びついたかも知れぬ。惜しい事に小野さんは真向(まむき)に坐っている。小野さんはただ面白味のない詩趣に乏しい女だと思った。同時に波を打って鼻の先に翻(ひるが)える袖(そで)の香(か)が、濃き紫(むらさき)の眉間(みけん)を掠(かす)めてぷんとする。小野さんは急に帰りたくなった。
「また来ましょう」と背広(せびろ)の胸を合せる。
「もう帰る時分ですから」と小さな声で引き留めようとする。
「また来ます。御帰りになったら、どうぞ宜(よろ)しく」
「あの……」と口籠(くちごも)っている。
 相手は腰を浮かしながら、あの[#「あの」に傍点]のあとを待ち兼ねる。早くと急(せ)き立てられる気がする。近寄れぬものはますます離れて行く。情ない。
「あの……父が……」
 小野さんは、何とも知れず重い気分になる。女はますます切り出し悪(にく)くなる。
「また上がります」と立ち上がる。云おうと思う事を聞いてもくれない。離れるものは没義道(もぎどう)に離れて行く。未練も会釈(えしゃく)もなく離れて行く。玄関から座敷に引き返した小夜子は惘然(もうぜん)として、椽(えん)に近く坐った。
 降らんとして降り損(そこ)ねた空の奥から幽(かす)かな春の光りが、淡き雲に遮(さえ)ぎられながら一面に照り渡る。長閑(のど)かさを抑えつけたる頭の上は、晴るるようで何となく欝陶(うっとう)しい。どこやらで琴の音(ね)がする。わが弾(ひ)くべきは塵(ちり)も払わず、更紗(さらさ)の小包を二つ並べた間に、袋のままで淋(さび)しく壁に持たれている。いつ欝金(うこん)の掩(おい)を除(の)ける事やら。あの曲はだいぶ熟(な)れた手に違ない。片々に抑えて片々に弾(はじ)く爪の、安らかに幾関(いくせき)の柱(じ)を往きつ戻りつして、春を限りと乱るる色は甲斐甲斐(かいがい)しくも豊かである。聞いていると、あの雨をつい昨日(きのう)のように思う。ちらちらに昼の蛍(ほたる)と竹垣に滴(したた)る連※(れんぎょう)に、朝から降って退屈だと阿父様(とうさま)がおっしゃる。繻子(しゅす)の袖口は手頸(てくび)に滑(すべ)りやすい。絹糸を細長く目に貫(ぬ)いたまま、針差の紅(くれない)をぷつりと刺して立ち上がる。盛り上がる古桐の長い胴に、鮮(あざや)かに眼を醒(さ)ませと、へ[#「へ」に傍点]の字に渡す糸の数々を、幾度か抑えて、幾度か撥(は)ねた。曲はたしか小督(こごう)であった。狂う指の、憂(う)き昼を、くちゃくちゃに揉(も)みこなしたと思う頃、阿父様は御苦労と手ずから御茶を入れて下さった。京は春の、雨の、琴(こと)の京である。なかでも琴は京によう似合う。琴の好(すき)な自分は、やはり静かな京に住むが分である。古い京から抜けて来た身は、闇(やみ)を破る烏(からす)の、飛び出して見て、そぞろ黒きに驚ろき、舞い戻らんとする夜はからりと明け離れたようなものである。こんな事なら琴の代りに洋琴(ピアノ)でも習って置けば善かった。英語も昔のままで、今はおおかた忘れている。阿父(とうさま)は女にそんなものは必要がないとおっしゃる。先の世に住み古るしたる人を便りに、小野さんには、追いつく事も出来ぬように後れてしまった。住み古るした人の世はいずれ長い事はあるまい。古るい人に先だたれ、新らしい人に後れれば、今日(きょう)を明日(あす)と、その日に数(はか)る命は、文(あや)も理(め)も危(あやう)い。……
 格子(こうし)ががらりと開(あ)く。古(いにしえ)の人は帰った。
「今帰ったよ。どうも苛(ひど)い埃(ほこり)でね」
「風もないのに?」
「風はないが、地面が乾いてるんで——どうも東京と云う所は厭(いや)な所だ。京都の方がよっぽどいいね」
「だって早く東京へ引き越す、引き越すって、毎日のように云っていらしったじゃありませんか」
「云ってた事は、云ってたが、来て見るとそうでもないね」と椽側で足袋(たび)をはたいて座に直った老人は、
「茶碗が出ているね。誰か来たのかい」
「ええ。小野さんがいらしって……」
「小野が? そりゃあ」と云ったが、提(さ)げて来た大きな包をからげた細縄の十文字を、丁寧に一文字ずつほどき始める。
「今日はね。座布団(ざぶとん)を買おうと思って、電車へ乗ったところが、つい乗り替を忘れて、ひどい目に逢(あ)った」
「おやおや」と気の毒そうに微笑(ほほえ)んだ娘は
「でも布団は御買いになって?」と聞く。
「ああ、布団だけはここへ買って来たが、御蔭(おかげ)で大変遅れてしまったよ」と包みのなかから八丈(はちじょう)まがいの黄な縞(しま)を取り出す。
「何枚買っていらしって」
「三枚さ。まあ三枚あれば当分間に合うだろう。さあちょっと敷いて御覧」と一枚を小夜子の前へ出す。
「ホホホホあなた御敷なさいよ」
阿父(おとっさん)も敷くから、御前も敷いて御覧。そらなかなか好いだろう」
「少し綿が硬いようね」
「綿はどうせ——価(ね)が価だから仕方がない。でもこれを買うために電車に乗り損(そく)なってしまって……」
「乗替をなさらなかったんじゃないの」
「そうさ、乗替を——車掌に頼んで置いたのに。忌々(いまいま)しいから帰りには歩いて来た」
御草臥(おくたびれ)なすったでしょう」
「なあに。これでも足はまだ達者だからね。——しかし御蔭で髯(ひげ)も何も埃(ほこり)だらけになっちまった。こら」と右手(めて)の指を四本并(なら)べて櫛(くし)の代りに顎(あご)の下を梳(す)くと、果して薄黒いものが股について来た。
「御湯に御這入(おはい)んなさらないからですよ」
「なに埃だよ」
「だって風もないのに」
「風もないのに埃が立つから妙だよ」
「だって」
「だってじゃないよ。まあ試しに外へ出て御覧。どうも東京の埃には大抵のものは驚ろくよ。御前がいた時分もこうかい」
「ええ随分苛(ひど)くってよ」
「年々烈しくなるんじゃないかしら。今日なんぞは全く風はないね」と廂(ひさし)の外を下から覗(のぞ)いて見る。空は曇る心持ちを透(す)かして春の日があやふやに流れている。琴の音(ね)がまだ聴(きこ)える。
「おや琴を弾いているね。——なかなか旨(うま)い。ありゃ何だい」
「当てて御覧なさい」
「当てて見ろ。ハハハハ阿父(おとっさん)には分らないよ。琴を聴くと京都の事を思い出すね。京都は静でいい。阿父のような時代後れの人間は東京のような烈(はげ)しい所には向かない。東京はまあ小野だの、御前だののような若い人が住まう所だね」
 時代後れの阿父は小野さんと自分のためにわざわざ埃だらけの東京へ引き越したようなものである。
「じゃ京都へ帰りましょうか」と心細い顔に笑(えみ)を浮べて見せる。老人は世に疎(うと)いわれを憐れむ孝心と受取った。
「アハハハハ本当に帰ろうかね」
「本当に帰ってもようござんすわ」
「なぜ」
「なぜでも」
「だって来たばかりじゃないか」
「来たばかりでも構いませんわ」
「構わない? ハハハハ冗談(じょうだん)を……」
 娘は下を向いた。
「小野が来たそうだね」
「ええ」娘はやっぱり下を向いている。
「小野は——小野は何かね——」
「え?」と首を上げる。老人は娘の顔を見た。
「小野は——来たんだね」
「ええ、いらしってよ」
「それで何かい。その、何も云って行かなかったのかい」
「いいえ別に……」
「何にも云わない?——待ってれば好いのに」
「急ぐからまた来るって御帰りになりました」
「そうかい。それじゃ別に用があって来た訳じゃないんだね。そうか」
阿父様(おとうさま)」
「何だね」
「小野さんは御変りなさいましたね」
「変った?——ああ大変立派になったね。新橋で逢(あ)った時はまるで見違えるようだった。まあ御互に結構な事だ」
 娘はまた下を向いた。——単純な父には自分の云う意味が徹せぬと見える。
「私は昔の通りで、ちっとも変っていないそうです。……変っていないたって……」
 後(あと)の句は鳴る糸の尾を素足に踏むごとく、孤堂先生の頭に響いた。
「変っていないたって?」と次を催促する。
「仕方がないわ」と小さな声で附ける。老人は首を傾けた。
「小野が何か云ったかい」
「いいえ別に……」
 同じ質問と同じ返事はまた繰返される。水車(みずぐるま)を踏めば廻るばかりである。いつまで踏んでも踏み切れるものではない。
「ハハハハくだらぬ事を気にしちゃいけない。春は気が欝(ふさ)ぐものでね。今日なぞは阿父(おとっさん)などにもよくない天気だ」
 気が欝(ふさ)ぐのは秋である。餅(もち)と知って、酒の咎(とが)だと云う。慰さめられる人は、馬鹿にされる人である。小夜子は黙っていた。
「ちっと琴(こと)でも弾(ひ)いちゃどうだい。気晴(きばらし)に」
 娘は浮かぬ顔を、愛嬌(あいきょう)に傾けて、床の間を見る。軸(じく)は空(むな)しく落ちて、いたずらに余る黒壁の端を、竪(たて)に截(き)って、欝金(うこん)の蔽(おい)が春を隠さず明らかである。
「まあ廃(よ)しましょう」
「廃す? 廃すなら御廃し。——あの、小野はね。近頃忙がしいんだよ。近々(きんきん)博士論文を出すんだそうで……」
 小夜子は銀時計すらいらぬと思う。百の博士も今の己(おの)れには無益である。
「だから落ちついていないんだよ。学問に凝(こ)ると誰でもあんなものさ。あんまり心配しないがいい。なに緩(ゆっ)くりしたくっても、していられないんだから仕方がない。え? 何だって」
「あんなにね」
「うん」
「急いでね」
「ああ」
「御帰りに……」
「御帰りに——なった? ならないでも? 好さそうなものだって仕方がないよ。学問で夢中になってるんだから。——だから一日(いちんち)都合をして貰って、いっしょに博覧会でも見ようって云ってるんじゃないか。御前話したかい」
「いいえ」
「話さない? 話せばいいのに。いったい小野が来たと云うのに何をしていたんだ。いくら女だって、少しは口を利(き)かなくっちゃいけない」
 口を利けぬように育てて置いてなぜ口を利かぬと云う。小夜子はすべての非を負わねばならぬ。眼の中が熱くなる。
「なに好いよ。阿父(おとっさん)が手紙で聞き合せるから——悲しがる事はない。叱ったんじゃない。——時に晩の御飯はあるかい」
「御飯だけはあります」
「御飯だけあればいい、なに御菜(おさい)はいらないよ。——頼んで置いた婆さんは明日(あした)くるそうだ。——もう少し慣れると、東京だって京都だって同じ事だ」
 小夜子は勝手へ立った。孤堂先生は床の間の風呂敷包を解き始める。

        十

 謎(なぞ)の女は宗近(むねちか)家へ乗り込んで来る。謎の女のいる所には波が山となり炭団(たどん)が水晶と光る。禅家では柳は緑花は紅(くれない)と云う。あるいは雀はちゅちゅで烏(からす)はかあかあとも云う。謎の女は烏をちゅちゅにして、雀をかあかあにせねばやまぬ。謎の女が生れてから、世界が急にごたくさになった。謎の女は近づく人を鍋(なべ)の中へ入れて、方寸(ほうすん)の杉箸(すぎばし)に交(ま)ぜ繰り返す。芋をもって自(みず)からおるものでなければ、謎の女に近づいてはならぬ。謎の女は金剛石(ダイヤモンド)のようなものである。いやに光る。そしてその光りの出所(でどころ)が分らぬ。右から見ると左に光る。左から見ると右に光る。雑多な光を雑多な面から反射して得意である。神楽(かぐら)の面(めん)には二十通りほどある。神楽の面を発明したものは謎の女である。——謎の女は宗近家へ乗り込んでくる。
 真率なる快活なる宗近家の大和尚(だいおしょう)は、かく物騒な女が天(あめ)が下(した)に生を享(う)けて、しきりに鍋の底を攪(か)き廻しているとは思いも寄らぬ。唐木(からき)の机に唐刻の法帖(ほうじょう)を乗せて、厚い坐布団の上に、信濃(しなの)の国に立つ煙、立つ煙と、大きな腹の中から鉢(はち)の木(き)を謡(うた)っている。謎の女はしだいに近づいてくる。
 悲劇マクベスの妖婆(ようば)は鍋(なべ)の中に天下の雑物(ぞうもつ)を攫(さら)い込んだ。石の影に三十日(みそか)の毒を人知れず吹く夜(よる)の蟇(ひき)と、燃ゆる腹を黒き背(せ)に蔵(かく)す蠑※(いもり)胆(きも)と、蛇の眼(まなこ)と蝙蝠(かわほり)の爪と、——鍋はぐらぐらと煮える。妖婆はぐるりぐるりと鍋を廻る。枯れ果てて尖(とが)れる爪は、世を咀(のろ)う幾代(いくよ)の錆(さび)に瘠(や)せ尽くしたる鉄(くろがね)の火箸(ひばし)を握る。煮え立った鍋はどろどろの波を泡(あわ)と共に起す。——読む人は怖ろしいと云う。
 それは芝居である。謎の女はそんな気味の悪い事はせぬ。住むは都である。時は二十世紀である。乗り込んで来るのは真昼間(まっぴるま)である。鍋の底からは愛嬌(あいきょう)が湧(わ)いて出る。漾(ただよ)うは笑の波だと云う。攪(か)き淆(ま)ぜるのは親切の箸と名づける。鍋そのものからが品(ひん)よく出来上っている。謎の女はそろりそろりと攪き淆ぜる。手つきさえ能掛(のうがかり)である。大和尚(だいおしょう)の怖(こわ)がらぬのも無理はない。
「いや。だいぶ御暖(おあったか)になりました。さあどうぞ」と布団の方へ大きな掌(てのひら)を出す。女はわざと入口に坐ったまま両手を尋常につかえる。
「その後(のち)は……」
「どうぞ御敷き……」と大きな手はやっぱり前へ突き出したままである。
「ちょっと出ますんでございますが、つい無人(ぶにん)だもので、出よう出ようと思いながら、とうとう御無沙汰(ごぶさた)になりまして……」で少し句が切れたから大和尚が何か云おうとすると、謎の女はすぐ後(あと)をつける。
「まことに相済みません」で黒い頭をぴたりと畳へつけた。
「いえ、どう致しまして……」ぐらいでは容易に頭を上げる女ではない。ある人が云う。あまりしとやかに礼をする女は気味がわるい。またある人が云う。あまり丁寧に御辞儀をする女は迷惑だ。第三の人が云う。人間の誠は下げる頭の時間と正比例するものだ。いろいろな説がある。ただし大和尚は迷惑党である。
 黒い頭は畳の上に、声だけは口から出て来る。
「御宅でも皆様御変りもなく……毎々欽吾(きんご)や藤尾(ふじお)が出まして、御厄介(ごやっかい)にばかりなりまして……せんだってはまた結構なものをちょうだい致しまして、とうに御礼に上がらなければならないんでございますが、つい手前にかまけまして……」
 頭はここでようやく上がる。阿父(おとっさん)はほっと気息(いき)をつく。
「いや、詰らんもので……到来物でね。アハハハハようやく暖(あった)かになって」と突然時候をつけて庭の方を見たが
「どうです御宅の桜は。今頃はちょうど盛(さかり)でしょう」で結んでしまった。
「本年は陽気のせいか、例年より少し早目で、四五日前(ぜん)がちょうど観頃(みごろ)でございましたが、一昨日(いっさくじつ)の風で、だいぶ傷(いた)められまして、もう……」
「駄目ですか。あの桜は珍らしい。何とか云いましたね。え? 浅葱桜(あさぎざくら)。そうそう。あの色が珍らしい」
「少し青味を帯びて、何だか、こう、夕方などは凄(すご)いような心持が致します」
「そうですか、アハハハハ。荒川(あらかわ)には緋桜(ひざくら)と云うのがあるが、浅葱桜(あさぎざくら)は珍らしい」
「みなさんがそうおっしゃいます。八重はたくさんあるが青いのは滅多にあるまいってね……」
「ないですよ。もっとも桜も好事家(こうずか)に云わせると百幾種とかあるそうだから……」
「へええ、まあ」と女はさも驚ろいたように云う。
「アハハハ桜でも馬鹿には出来ない。この間も一(はじめ)が京都から帰って来て嵐山へ行ったと云うから、どんな花だと聞いて見たら、ただ一重だと云うだけでね、何にも知らない。今時のものは呑気(のんき)なものでアハハハハ。——どうです粗菓(そか)だが一つ御撮(おつま)みなさい。岐阜(ぎふ)の柿羊羹(かきようかん)」
「いえどうぞ。もう御構い下さいますな……」
「あんまり、旨(うま)いものじゃない。ただ珍らしいだけだ」と宗近老人は箸(はし)を上げて皿の中から剥(は)ぎ取った羊羹の一片(ひときれ)を手に受けて、独(ひと)りでむしゃむしゃ食う。
「嵐山と云えば」と甲野(こうの)の母は切り出した。
「せんだって中(じゅう)は欽吾(きんご)がまた、いろいろ御厄介になりまして、御蔭(おかげ)様で方々見物させていただいたと申して大変喜んでおります。まことにあの通の我儘者(わがままもの)でございますから一さんもさぞ御迷惑でございましたろう」
「いえ、一の方でいろいろ御世話になったそうで……」
「どう致しまして、人様の御世話などの出来るような男ではございませんので。あの年になりまして朋友(ほうゆう)と申すものがただの一人もございませんそうで……」
「あんまり学問をすると、そう誰でも彼でもむやみに附合(つきあい)が出来にくくなる。アハハハハ」
「私には女でいっこう分りませんが、何だか欝(ふさ)いでばかりいるようで——こちらの一さんにでも連れ出していただかないと、誰も相手にしてくれないようで……」
「アハハハハ一はまた正反対。誰でも相手にする。家(うち)にさえいるとあなた、妹(いもと)にばかりからかって——いや、あれでも困る」
「いえ、誠に陽気で淡泊(さっぱり)してて、結構でございますねえ。どうか一さんの半分でいいから、欽吾がもう少し面白くしてくれれば好いと藤尾にも不断申しているんでございますが——それもこれもみんな彼人(あれ)の病気のせいだから、今さら愚癡(ぐち)をこぼしたって仕方がないとは思いますが、なまじい自分の腹を痛めた子でないだけに、世間へ対しても心配になりまして……」
「ごもっともで」と宗近老人は真面目(まじめ)に答えたが、ついでに灰吹(はいふき)をぽんと敲(たた)いて、銀の延打(のべうち)の煙管(きせる)を畳の上にころりと落す。雁首(がんくび)から、余る煙が流れて出る。
「どうです、京都から帰ってから少しは好いようじゃありませんか」
「御蔭様で……」
「せんだって家(うち)へ見えた時などは皆(みんな)と馬鹿話をして、だいぶ愉快そうでしたが」
「へええ」これは仔細(しさい)らしく感心する。「まことに困り切ります」これは困り切ったように長々と引き延ばして云う。
「そりゃ、どうも」
彼人(あれ)の病気では、今までどのくらい心配したか分りません」
「いっそ結婚でもさせたら気が変って好いかも知れませんよ」
 謎(なぞ)の女は自分の思う事を他(ひと)に云わせる。手を下(くだ)しては落度になる。向うで滑(すべ)って転ぶのをおとなしく待っている。ただ滑るような泥海(ぬかるみ)を知らぬ間(ま)に用意するばかりである。
「その結婚の事を朝暮(あけくれ)申すのでございますが——どう在(あ)っても、うんと云って承知してくれません。私も御覧の通り取る年でございますし、それに甲野もあんな風に突然外国で亡(な)くなりますような仕儀で、まことに心配でなりませんから、どうか一日(いちじつ)も早く彼人のために身の落つきをつけてやりたいと思いまして……本当に、今まで嫁の事を持ち出した事は何度だか分りません。が持ち出すたんびに頭から撥(は)ねつけられるのみで……」
「実はこの間見えた時も、ちょっとその話をしたんですがね。君がいつまでも強情を張ると心配するのは阿母(おっかさん)だけで、可愛想だから、今のうちに早く身を堅めて安心させたら善かろうってね」
「御親切にどうもありがとう存じます」
「いえ、心配は御互で、こっちもちょうどどうかしなければならないのを二人背負(しょ)い込んでるものだから、アハハハハどうも何ですね。何歳(いくつ)になっても心配は絶えませんね」
此方(こちら)様などは結構でいらっしゃいますが、私は——もし彼人がいつまでも病気だ病気だと申して嫁を貰ってくれませんうちに、もしもの事があったら、草葉の陰で配偶(つれあい)に合わす顔がございません。まあどうして、あんなに聞き訳がないんでございましょう。何か云い出すと、阿母(おっかさん)私(わたし)はこんな身体(からだ)で、とても家の面倒は見て行かれないから、藤尾に聟(むこ)を貰って、阿母(おっか)さんの世話をさせて下さい。私は財産なんか一銭も入らない。と、まあこうでござんすもの。私が本当の親なら、それじゃ御前の勝手におしと申す事も出来ますが、御存じの通りなさぬ中の間柄でございますから、そんな不義理な事は人様に対しても出来かねますし、じつに途方に暮れます」
 謎の女は和尚(おしょう)をじっと見た。和尚は大きな腹を出したまま考えている。灰吹がぽんと鳴る。紫檀(したん)の蓋(ふた)を丁寧に被(かぶ)せる。煙管(きせる)は転がった。
「なるほど」
 和尚の声は例に似ず沈んでいる。
「そうかと申して生(うみ)の母でない私が圧制がましく、むやみに差出た口を利(き)きますと、御聞かせ申したくないようなごたごたも起りましょうし……」
「ふん、困るね」
 和尚は手提(てさげ)の煙草盆の浅い抽出(ひきだし)から欝金木綿(うこんもめん)の布巾(ふきん)を取り出して、鯨(くじら)の蔓(つる)を鄭重(ていちょう)に拭き出した。
「いっそ、私からとくと談じて見ましょうか。あなたが云い悪(にく)ければ」
「いろいろ御心配を掛けまして……」
「そうして見るかね」
「どんなものでございましょう。ああ云う神経が妙になっているところへ、そんな事を聞かせましたら」
「なにそりゃ、承知しているから、当人の気に障(さわ)らないように云うつもりですがね」
「でも、万一私がこなたへ出てわざわざ御願い申したように取られると、それこそ後(あと)が大変な騒ぎになりますから……」
「弱るね、そう、疳(かん)が高くなってちゃあ」
「まるで腫物(はれもの)へ障(さわ)るようで……」
「ふうん」と和尚(おしょう)は腕組を始めた。裄(ゆき)が短かいので太い肘(ひじ)が無作法(ぶさほう)に見える。
 謎(なぞ)の女は人を迷宮に導いて、なるほどと云わせる。ふうんと云わせる。灰吹をぽんと云わせる。しまいには腕組をさせる。二十世紀の禁物は疾言(しつげん)と遽色(きょしょく)である。なぜかと、ある紳士、ある淑女に尋ねて見たら、紳士も淑女も口を揃(そろ)えて答えた。——疾言と遽色は、もっとも法律に触れやすいからである。——謎の女の鄭重(ていちょう)なのはもっとも法律に触れ悪い。和尚は腕組をしてふうんと云った。
「もし彼人(あれ)が断然家(うち)を出ると云い張りますと——私がそれを見て無論黙っている訳には参りませんが——しかし当人がどうしても聞いてくれないとすると……」
聟(むこ)かね。聟となると……」
「いえ、そうなっては大変でございますが——万一の場合も考えて置かないと、いざと云う時に困りますから」
「そりゃ、そう」
「それを考えると、あれが病気でもよくなって、もう少ししっかりしてくれないうちは、藤尾を片づける訳に参りません」
左様(さよう)さね」と和尚は単純な首を傾けたが
「藤尾さんは幾歳(いくつ)ですい」
「もう、明けて四(し)になります」
「早いものですね。えっ。ついこの間までこれっぱかりだったが」と大きな手を肩とすれすれに出して、ひろげた掌(てのひら)を下から覗(のぞ)き込むようにする。
「いえもう、身体(なり)ばかり大きゅうございまして、から、役に立ちません」
「……勘定すると四になる訳だ。うちの糸が二だから」
 話は放(ほう)って置くとどこかへ流れて行きそうになる。謎の女は引っ張らなければならぬ。
「こちらでも、糸子さんやら、一(はじめ)さんやらで、御心配のところを、こんな余計な話を申し上げて、さぞ人の気も知らない呑気(のんき)な女だと覚(おぼ)し召すでございましょうが……」
「いえ、どう致して、実は私(わたし)の方からその事についてとくと御相談もしたいと思っていたところで——一(はじめ)も外交官になるとか、ならんとか云って騒いでいる最中だから、今日明日(きょうあす)と云う訳にも行かないですが、晩(おそ)かれ、早かれ嫁を貰わなければならんので……」
「でございますとも」
「ついては、その、藤尾さんなんですがね」
「はい」
「あの方(かた)なら、まあ気心も知れているし、私も安心だし、一は無論異存のある訳はなし——よかろうと思うんですがね」
「はい」
「どうでしょう、阿母(おっかさん)の御考は」
「あの通(とおり)行き届きませんものをそれほどまでにおっしゃって下さるのはまことにありがたい訳でございますが……」
「いいじゃ、ありませんか」
「そうなれば藤尾も仕合せ、私も安心で……」
「御不足ならともかく、そうでなければ……」
「不足どころじゃございません。願ったり叶(かな)ったりで、この上もない結構な事でございますが、ただ彼人(あれ)に困りますので。一さんは宗近家を御襲(おつ)ぎになる大事な身体でいらっしゃる。藤尾が御気に入るか、入らないかは分りませんが、まず貰っていただいたと致したところで、差し上げた後で、欽吾がやはり今のようでは私も実のところはなはだ心細いような訳で……」
「アハハハそう心配しちゃ際限がありませんよ。藤尾さんさえ嫁に行ってしまえば欽吾さんにも責任が出る訳だから、自然と考もちがってくるにきまっている。そうなさい」
「そう云うものでございましょうかね」
「それに御承知の通、阿父(おとっさん)がいつぞやおっしゃった事もあるし。そうなれば亡(な)くなった人も満足だろう」
「いろいろ御親切にありがとう存じます。なに配偶(つれあい)さえ生きておりますれば、一人で——こん——こんな心配は致さなくっても宜(よろ)しい——のでございますが」
 謎の女の云う事はしだいに湿気(しっけ)を帯びて来る。世に疲れたる筆はこの湿気を嫌う。辛(かろ)うじて謎の女の謎をここまで叙し来(きた)った時、筆は、一歩も前へ進む事が厭(いや)だと云う。日を作り夜を作り、海と陸(おか)とすべてを作りたる神は、七日目に至って休めと言った。謎の女を書きこなしたる筆は、日のあたる別世界に入ってこの湿気を払わねばならぬ。
 日のあたる別世界には二人の兄妹(きょうだい)が活動する。六畳の中二階(ちゅうにかい)の、南を受けて明るきを足れりとせず、小気味よく開け放ちたる障子の外には、二尺の松が信楽(しがらき)の鉢(はち)に、蟠(わだか)まる根を盛りあげて、くの字の影を椽(えん)に伏せる。一間(いっけん)の唐紙(からかみ)は白地に秦漢瓦鐺(しんかんがとう)の譜を散らしに張って、引手には波に千鳥が飛んでいる。つづく三尺の仮の床(とこ)は、軸を嫌って、籠花活(かごはないけ)に軽い一輪をざっくばらんに投げ込んだ。
 糸子は床の間に縫物の五色を、彩(あや)と乱して、糸屑(いとくず)のこぼるるほどの抽出(ひきだし)を二つまであらわに抜いた針箱を窓近くに添える。縫うて行く糸の行方(ゆくえ)は、一針ごとに春を刻(きざ)む幽(かす)かな音に、聴かれるほどの静かさを、兄は大きな声で消してしまう。
 腹這(はらばい)は弥生(やよい)の姿、寝ながらにして天下の春を領す。物指(ものさし)の先でしきりに敷居を敲(たた)いている。
「糸公。こりゃ御前の座敷の方が明かるくって上等だね」
「替えたげましょうか」
「そうさ。替えて貰ったところで余(あんま)り儲(もう)かりそうでもないが——しかし御前には上等過ぎるよ」
「上等過ぎたって誰も使わないんだから好いじゃありませんか」
「好いよ。好い事は好いが少し上等過ぎるよ。それにこの装飾物がどうも——妙齢の女子には似合わしからんものがあるじゃないか」
「何が?」
「何がって、この松さ。こりゃたしか阿父(おとっさん)が苔盛園(たいせいえん)で二十五円で売りつけられたんだろう」
「ええ。大事な盆栽よ。転覆(ひっくりかえし)でもしようもんなら大変よ」
「ハハハハこれを二十五円で売りつけられる阿爺(おとっさん)も阿爺だが、それをまた二階まで、えっちらおっちら担(かつ)ぎ上げる御前も御前だね。やっぱりいくら年が違っても親子は爭われないものだ」
「ホホホホ兄さんはよっぽど馬鹿ね」
「馬鹿だって糸公と同じくらいな程度だあね。兄弟だもの」
「おやいやだ。そりゃ私(わたし)は無論馬鹿ですわ。馬鹿ですけれども、兄さんも馬鹿よ」
「馬鹿よか。だから御互に馬鹿よで好いじゃあないか」
「だって証拠があるんですもの」
「馬鹿の証拠がかい」
「ええ」
「そりゃ糸公の大発明だ。どんな証拠があるんだね」
「その盆栽はね」
「うん、この盆栽は」
「その盆栽はね——知らなくって」
「知らないとは」
「私大嫌よ」
「へええ、今度(こんだ)こっちの大発明だ。ハハハハ。嫌(きらい)なものを、なんでまた持って来たんだ。重いだろうに」
阿父(おとう)さまが御自分で持っていらしったのよ」
「何だって」
「日が中(あた)って二階の方が松のために好いって」
阿爺(おやじ)も親切だな。そうかそれで兄さんが馬鹿になっちまったんだね。阿爺親切にして子は馬鹿になりか」
「なに、そりゃ、ちょっと。発句(ほっく)?」
「まあ発句に似たもんだ」
「似たもんだって、本当の発句じゃないの」
「なかなか追窮するね。それよりか御前今日は大変立派なものを縫ってるね。何だいそれは」
「これ? これは伊勢崎(いせざき)でしょう」
「いやに光(ぴか)つくじゃないか。兄さんのかい」
阿爺(おとうさま)のよ」
阿爺(おとっさん)のものばかり縫って、ちっとも兄さんには縫ってくれないね。狐の袖無(ちゃんちゃん)以後御見限(おみかぎ)りだね」
「あらいやだ。あんな嘘(うそ)ばかり。今着ていらっしゃるのも縫って上げたんだわ」
「これかい。これはもう駄目だ。こらこの通り」
「おや、ひどい襟垢(えりあか)だ事、こないだ着たばかりだのに——兄さんは膏(あぶら)が多過ぎるんですよ」
「何が多過ぎても、もう駄目だよ」
「じゃこれを縫い上げたら、すぐ縫って上げましょう」
「新らしいんだろうね」
「ええ、洗って張ったの」
「あの親父(おとっさん)の拝領ものか。ハハハハ。時に糸公不思議な事があるがね」
「何が」
「阿爺は年寄の癖に新らしいものばかり着て、年の若いおれには御古(おふる)ばかり着せたがるのは、少し妙だよ。この調子で行くとしまいには自分でパナマの帽子を被って、おれには物置にある陣笠(じんがさ)をかぶれと云うかも知れない」
「ホホホホ兄さんは随分口が達者ね」
「達者なのは口だけか。可哀想(かわいそう)に」
「まだ、あるのよ」
 宗近君は返事をやめて、欄干(らんかん)の隙間(すきま)から庭前(にわさき)の植込を頬杖(ほおづえ)に見下している。
「まだあるのよ。一寸(ちょいと)」と針を離れぬ糸子の眼は、左の手につんと撮(つま)んだ合せ目を、見る間(ま)に括(く)けて来て、いざと云う指先を白くふっくらと放した時、ようやく兄の顔を見る。
「まだあるのよ。兄さん」
「何だい。口だけでたくさんだよ」
「だって、まだあるんですもの」と針の針孔(めど)を障子(しょうじ)へ向けて、可愛(かわい)らしい二重瞼(ふたえまぶた)を細くする。宗近君は依然として長閑(のどか)な心を頬杖に託して庭を眺(なが)めている。
「云って見ましょうか」
「う。うん」
 下顎(したあご)は頬杖で動かす事が出来ない。返事は咽喉(のど)から鼻へ抜ける。
「あし[#「あし」に傍点]。分ったでしょう」
「う。うん」
 紺の糸を唇(くちびる)に湿(しめ)して、指先に尖(とが)らすは、射損(いそく)なった針孔を通す女の計(はかりごと)である。
「糸公、誰か御客があるのかい」
「ええ、甲野の阿母(おっかさん)が御出(おいで)よ」
「甲野の阿母か。あれこそ達者だね、兄さんなんかとうてい叶(かな)わない」
「でも品(ひん)がいいわ。兄さん見たように悪口はおっしゃらないからいいわ」
「そう兄さんが嫌(きらい)じゃ、世話の仕栄(しばえ)がない」
「世話もしない癖に」
「ハハハハ実は狐の袖無(ちゃんちゃん)の御礼に、近日御花見にでも連れて行こうかと思っていたところだよ」
「もう花は散ってしまったじゃありませんか。今時分御花見だなんて」
「いえ、上野や向島(むこうじま)は駄目だが荒川(あらかわ)は今が盛(さかり)だよ。荒川から萱野(かやの)へ行って桜草を取って王子へ廻って汽車で帰ってくる」
「いつ」と糸子は縫う手をやめて、針を頭へ刺す。
「でなければ、博覧会へ行って台湾館で御茶を飲んで、イルミネーションを見て電車で帰る。——どっちが好い」
「わたし、博覧会が見たいわ。これを縫ってしまったら行きましょう。ね」
「うん。だから兄さんを大事にしなくっちゃあ行けないよ。こんな親切な兄さんは日本中に沢山(たんと)はないぜ」
「ホホホホへえ、大事に致します。——ちょっとその物指を借(か)してちょうだい」
「そうして裁縫(しごと)を勉強すると、今に御嫁に行くときに金剛石(ダイヤモンド)の指環(ゆびわ)を買ってやる」
旨(うま)いのねえ、口だけは。そんなに御金があるの」
「あるのって、——今はないさ」
「いったい兄さんはなぜ落第したんでしょう」
「えらいからさ」
「まあ——どこかそこいらに鋏(はさみ)はなくって」
「その蒲団(ふとん)の横にある。いや、もう少し左。——その鋏に猿が着いてるのは、どう云う訳だ。洒落(しゃれ)かい」
「これ? 奇麗(きれい)でしょう。縮緬(ちりめん)の御申(おさる)さん」
「御前がこしらえたのかい。感心に旨(うま)く出来てる。御前は何にも出来ないが、こんなものは器用だね」
「どうせ藤尾さんのようには参りません——あらそんな椽側(えんがわ)へ煙草の灰を捨てるのは御廃(およ)しなさいよ。——これを借(か)して上げるから」
「なんだいこれは。へええ。板目紙(いためがみ)の上へ千代紙を張り付けて。やっぱり御前がこしらえたのか。閑人(ひまじん)だなあ。いったい何にするものだい。——糸を入れる? 糸の屑(くず)をかい。へええ」
「兄さんは藤尾さんのような方(かた)が好きなんでしょう」
「御前のようなのも好きだよ」
「私は別物として——ねえ、そうでしょう」
嫌(いや)でもないね」
「あら隠していらっしゃるわ。おかしい事」
「おかしい? おかしくってもいいや。——甲野の叔母(おばさん)はしきりに密談をしているね」
「ことに因(よ)ると藤尾さんの事かも知れなくってよ」
「そうか、それじゃ聴きに行こうか」
「あら、御廃しなさいよ——わたし、火熨(ひのし)がいるんだけれども遠慮して取りに行かないんだから」
「自分の家(うち)で、そう遠慮しちゃ有害だ。兄さんが取って来てやろうか」
「いいから御廃しなさいよ。今下へ行くとせっかくの話をやめてしまってよ」
「どうも剣呑(けんのん)だね。それじゃこっちも気息(いき)を殺して寝転(ねころ)んでるのか」
「気息を殺さなくってもいいわ」
「じゃ気息を活かして寝転ぶか」
「寝転ぶのはもう好い加減になさいよ。そんなに行儀がわるいから外交官の試験に落第するのよ」
「そうさな、あの試験官はことによると御前と同意見かも知れない。困ったもんだ」
「困ったもんだって、藤尾さんもやっぱり同意見ですよ」
 裁縫(しごと)の手を休(や)めて、火熨に逡巡(ためら)っていた糸子は、入子菱(いりこびし)に縢(かが)った指抜を抽(ぬ)いて、※色(ときいろ)銀(しろかね)の雨を刺す針差(はりさし)を裏に、如鱗木(じょりんもく)の塗美くしき蓋(ふた)をはたと落した。やがて日永(ひなが)の窓に赤くなった耳朶(みみたぶ)のあたりを、平手(ひらて)で支えて、右の肘(ひじ)を針箱の上に、取り広げたる縫物の下で、隠れた膝(ひざ)を斜めに崩(くず)した。襦袢(じゅばん)の袖に花と乱るる濃き色は、柔らかき腕を音なく滑(すべ)って、くっきりと普通(つね)よりは明かなる肉の柱が、蝶(ちょう)と傾く絹紐(リボン)の下に鮮(あざや)かである。
「兄さん」
「何だい。——仕事はもうおやめか。何だかぼんやりした顔をしているね」
「藤尾さんは駄目よ」
「駄目だ? 駄目とは」
「だって来る気はないんですもの」
「御前聞いて来たのか」
「そんな事がまさか無躾(ぶしつけ)に聞かれるもんですか」
「聞かないでも分かるのか。まるで巫女(いちこ)だね。——御前がそう頬杖(ほおづえ)を突いて針箱へ靠(も)たれているところは天下の絶景だよ。妹ながら天晴(あっぱれ)な姿勢だハハハハ」
沢山(たんと)御冷(おひ)やかしなさい。人がせっかく親切に言って上げるのに」
 云いながら糸子は首を支(ささ)えた白い腕をぱたりと倒した。揃(そろ)った指が針箱の角を抑(おさ)えるように、前へ垂れる。障子に近い片頬は、圧(お)し付けられた手の痕(あと)を耳朶(みみたぶ)共にぽうと赤く染めている。奇麗に囲う二重(ふたえ)の瞼(まぶた)は、涼しい眸(ひとみ)を、長い睫(まつげ)に隠そうとして、上の方から垂れかかる。宗近君はこの睫の奥からしみじみと妹に見られた。——四角な肩へ肉を入れて、倒した胴を肘(ひじ)に撥(は)ねて起き上がる。
「糸公、おれは叔父さんの金時計を貰う約束があるんだよ」
「叔父さんの?」と軽く聞き返して、急に声を落すと「だって……」と云うや否や、黒い眸は長い睫の裏にかくれた。派出(はで)な色の絹紐(リボン)がちらりと前の方へ顔を出す。
「大丈夫だ。京都でも甲野に話して置いた」
「そう」と俯目(ふしめ)になった顔を半ば上げる。危ぶむような、慰めるような笑が顔と共に浮いて来る。
「兄さんが今に外国へ行ったら、御前に何か買って送ってやるよ」
今度(こんだ)の試験の結果はまだ分らないの」
「もう直(じき)だろう」
「今度は是非及第なさいよ」
「え、うん。アハハハハ。まあ好いや」
好(よ)かないわ。——藤尾さんはね。学問がよく出来て、信用のある方(かた)が好きなんですよ」
「兄さんは学問が出来なくって、信用がないのかな」
「そうじゃないのよ。そうじゃないけれども——まあ例(たとえ)に云うと、あの小野さんと云う方があるでしょう」
「うん」
「優等で銀時計をいただいたって。今博士論文を書いていらっしゃるってね。——藤尾さんはああ云う方が好なのよ」
「そうか。おやおや」
「何がおやおやなの。だって名誉ですわ」
「兄さんは銀時計もいただけず、博士論文も書けず。落第はする。不名誉の至(いたり)だ」
「あら不名誉だと誰も云やしないわ。ただあんまり気楽過ぎるのよ」
「あんまり気楽過ぎるよ」
「ホホホホおかしいのね。何だかちっとも苦(く)にならないようね」
「糸公、兄さんは学問も出来ず落第もするが——まあ廃(よ)そう、どうでも好い。とにかく御前兄さんを好い兄さんと思わないかい」
「そりゃ思うわ」
「小野さんとどっちが好い」
「そりゃ兄さんの方が好いわ」
「甲野さんとは」
「知らないわ」
 深い日は障子を透(とお)して糸子の頬を暖かに射る。俯向(うつむ)いた額の色だけがいちじるしく白く見えた。
「おい頭へ針が刺さってる。忘れると危ないよ」
「あら」と翻(ひるが)える襦袢(じゅばん)の袖(そで)のほのめくうちを、二本の指に、ここと抑(おさ)えて、軽く抜き取る。
「ハハハハ見えない所でも、旨(うま)く手が届くね。盲目(めくら)にすると疳(かん)の好い按摩(あんま)さんが出来るよ」
「だって慣(な)れてるんですもの」
「えらいもんだ。時に糸公面白い話を聞かせようか」
「なに」
「京都の宿屋の隣に琴(こと)を引く別嬪(べっぴん)がいてね」
端書(はがき)に書いてあったんでしょう」
「ああ」
「あれなら知っててよ」
「それがさ、世の中には不思議な事があるもんだね。兄さんと甲野さんと嵐山(あらしやま)へ御花見に行ったら、その女に逢ったのさ。逢ったばかりならいいが、甲野さんがその女に見惚(みと)れて茶碗を落してしまってね」
「あら、本当? まあ」
「驚ろいたろう。それから急行の夜汽車で帰る時に、またその女と乗り合せてね」
嘘(うそ)よ」
「ハハハハとうとう東京までいっしょに来た」
「だって京都の人がそうむやみに東京へくる訳がないじゃありませんか」
「それが何かの因縁(いんねん)だよ」
「人を……」
「まあ御聞きよ。甲野が汽車の中であの女は嫁に行くんだろうか、どうだろうかって、しきりに心配して……」
「もうたくさん」
「たくさんなら廃(よ)そう」
「その女の方(かた)は何とおっしゃるの、名前は」
「名前かい——だってもうたくさんだって云うじゃないか」
「教えたって好いじゃありませんか」
「ハハハハそう真面目(まじめ)にならなくっても好い。実は嘘(うそ)だ。全く兄さんの作り事さ」
悪(にく)らしい」
 糸子はめでたく笑った。

        十一

 蟻(あり)は甘きに集まり、人は新しきに集まる。文明の民は劇烈なる生存(せいそん)のうちに無聊(ぶりょう)をかこつ。立ちながら三度の食につくの忙(いそがし)きに堪(た)えて、路上に昏睡(こんすい)の病を憂(うれ)う。生を縦横に託して、縦横に死を貪(むさぼ)るは文明の民である。文明の民ほど自己の活動を誇るものなく、文明の民ほど自己の沈滞に苦しむものはない。文明は人の神経を髪剃(かみそり)に削(けず)って、人の精神を擂木(すりこぎ)と鈍くする。刺激に麻痺(まひ)して、しかも刺激に渇(かわ)くものは数(すう)を尽くして新らしき博覧会に集まる。
 狗(いぬ)は香(か)を恋(した)い、人は色に趁(はし)る。狗と人とはこの点においてもっとも鋭敏な動物である。紫衣(しい)と云い、黄袍(こうほう)と云い、青衿(せいきん)と云う。皆人を呼び寄せるの道具に過ぎぬ。土堤(どて)を走る弥次馬(やじうま)は必ずいろいろの旗を担(かつ)ぐ。担がれて懸命に櫂(かい)を操(あやつ)るものは色に担がれるのである。天下、天狗(てんぐ)の鼻より著しきものはない。天狗の鼻は古えより赫奕(かくえき)として赤である。色のある所は千里を遠しとせず。すべての人は色の博覧会に集まる。
 蛾(が)は灯(とう)に集まり、人は電光に集まる。輝やくものは天下を牽(ひ)く。金銀、※※(しゃこ)瑪瑙(めのう)、琉璃(るり)、閻浮檀金(えんぶだごん)、の属を挙げて、ことごとく退屈の眸(ひとみ)を見張らして、疲れたる頭を我破(がば)と跳(は)ね起させるために光るのである。昼を短かしとする文明の民の夜会には、あらわなる肌に鏤(ちりばめ)たる宝石が独(ひと)り幅を利(き)かす。金剛石(ダイアモンド)は人の心を奪うが故(ゆえ)に人の心よりも高価である。泥海(ぬかるみ)に落つる星の影は、影ながら瓦(かわら)よりも鮮(あざやか)に、見るものの胸に閃(きらめ)く。閃く影に躍(おど)る善男子(ぜんなんし)、善女子(ぜんにょし)は家を空(むな)しゅうしてイルミネーションに集まる。
 文明を刺激の袋の底に篩(ふる)い寄せると博覧会になる。博覧会を鈍き夜(よ)の砂に漉(こ)せば燦(さん)たるイルミネーションになる。いやしくも生きてあらば、生きたる証拠を求めんがためにイルミネーションを見て、あっと驚かざるべからず。文明に麻痺したる文明の民は、あっと驚く時、始めて生きているなと気がつく。
 花電車が風を截(き)って来る。生きている証拠を見てこいと、積み込んだ荷を山下雁鍋(やましたがんなべ)の辺(あたり)で卸(おろ)す。雁鍋はとくの昔に亡(な)くなった。卸された荷物は、自己が亡くならんとしつつある名誉を回復せんと森の方(かた)にぞろぞろ行く。
 岡は夜(よ)を掠(から)めて本郷から起る。高き台を朧(おぼろ)に浮かして幅十町を東へなだれる下(お)り口(くち)は、根津に、弥生(やよい)に、切り通しに、驚ろかんとするものを枡(ます)で料(はか)って下谷(したや)へ通す。踏み合う黒い影はことごとく池(いけ)の端(はた)にあつまる。——文明の人ほど驚ろきたがるものはない。
 松高くして花を隠さず、枝の隙間(すきま)に夜を照らす宵重(よいかさ)なりて、雨も降り風も吹く。始めは一片(ひとひら)と落ち、次には二片と散る。次には数うるひまにただはらはらと散る。この間中(あいだじゅう)は見るからに、万紅(ばんこう)を大地に吹いて、吹かれたるものの地に届かざるうちに、梢(こずえ)から後を追うて落ちて来た。忙がしい吹雪(ふぶき)はいつか尽きて、今は残る樹頭に嵐もようやく収(おさま)った。星ならずして夜を護(も)る花の影は見えぬ。同時にイルミネーションは点(つ)いた。
「あら」と糸子が云う。
「夜の世界は昼の世界より美しい事」と藤尾が云う。
 薄(すすき)の穂を丸く曲げて、左右から重なる金の閃(きらめ)く中に織り出した半月(はんげつ)の数は分からず。幅広に腰を蔽(おお)う藤尾の帯を一尺隔てて宗近(むねちか)君と甲野(こうの)さんが立っている。
「これは奇観だ。ざっと竜宮だね」と宗近君が云う。
糸子(いとこ)さん、驚いたようですね」と甲野さんは帽子を眉(まゆ)深く被(かぶ)って立つ。
 糸子は振り返る。夜の笑は水の中で詩を吟ずるようなものである。思う所へは届かぬかも知れぬ。振り返る人の衣(きぬ)の色は黄に似て夜を欺(あざむ)くを、黒いものが幾筋も竪(たて)に刻んでいる。
「驚いたかい」と今度は兄が聞き直す。
貴所方(あなたがた)は」と糸子を差し置いて藤尾(ふじお)が振り返る。黒い髪の陰から颯(さっ)と白い顔が映(さ)す。頬の端は遠い火光(ひかり)を受けてほの赤い。
「僕は三遍目だから驚ろかない」と宗近君は顔一面を明かるい方へ向けて云う。
「驚くうちは楽(たのしみ)があるもんだ。女は楽が多くて仕合せだね」と甲野さんは長い体躯(からだ)を真直(ますぐ)に立てたまま藤尾を見下(みおろ)した。
 黒い眼が夜を射て動く。
「あれが台湾館なの」と何気なき糸子は水を横切って指を点(さ)す。
「あの一番右の前へ出ているのがそうだ。あれが一番善く出来ている。ねえ甲野さん」
「夜見ると」甲野さんがすぐ但書(ただしがき)を附け加えた。
「ねえ、糸公、まるで竜宮のようだろう」
「本当に竜宮ね」
「藤尾さん、どう思う」と宗近君はどこまでも竜宮が得意である。
「俗じゃありませんか」
「何が、あの建物がかね」
「あなたの形容がですよ」
「ハハハハ甲野さん、竜宮は俗だと云う御意見だ。俗でも竜宮じゃないか」
「形容は旨(うま)く中(あた)ると俗になるのが通例だ」
中(あた)ると俗なら、中らなければ何になるんだ」
「詩になるでしょう」と藤尾が横合から答えた。
「だから、詩は実際に外(はず)れる」と甲野さんが云う。
「実際より高いから」と藤尾が註釈する。
「すると旨(うま)く中った形容が俗で、旨く中らなかった形容が詩なんだね。藤尾さん無味(まず)くって中らない形容を云って御覧」
「云って見ましょうか。——兄さんが知ってるでしょう。聴(き)いて御覧なさい」と藤尾は鋭どい眼の角(かど)から欽吾(きんご)を見た。眼の角は云う。——無味くって中らない形容は哲学である。
「あの横にあるのは何」と糸子が無邪気(むじゃき)に聞く。
 ※(ほのお)の線を闇(やみ)に渡して空を横に切るは屋根である。竪(たて)に切るは柱である。斜めに切るは甍(いらか)である。朧(おぼろ)の奥に星を埋(うず)めて、限りなき夜を薄黒く地ならししたる上に、稲妻(いなずま)の穂は一を引いて虚空を走った。二を引いて上から落ちて来た。卍(まんじ)を描(えが)いて花火のごとく地に近く廻転した。最後に穂先を逆に返して帝座(ていざ)の真中を貫けとばかり抛(な)げ上げた。かくして塔は棟(むね)に入り、棟は床(とこ)に連(つら)なって、不忍(しのばず)の池(いけ)の、此方(こなた)から見渡す向(むこう)を、右から左へ隙間(すきま)なく埋めて、大いなる火の絵図面が出来た。
 藍(あい)を含む黒塗に、金を惜まぬ高蒔絵(たかまきえ)は堂を描き、楼を描き、廻廊を描き、曲欄(きょくらん)を描き、円塔方柱(えんとうほうちゅう)の数々を描き尽して、なお余りあるを是非に用い切らんために、描ける上を往きつ戻りつする。縦横に空(くう)を走る※(ほのお)の線は一点一劃を乱すことなく整然として一点一劃のうちに活きている。動いている。しかも明かに動いて、動く限りは形を崩(くず)す気色(けしき)が見えぬ。
「あの横に見えるのは何」と糸子が聞く。
「あれが外国館。ちょうど正面に見える。ここから見るのが一番奇麗だ。あの左にある高い丸い屋根が三菱館。——あの恰好(かっこう)が好い。何と形容するかな」と宗近君はちょっと躊躇(ちゅうちょ)した。
「あの真中だけが赤いのね」と妹が云う。
冠(かんむり)に紅玉(ルビー)を嵌(は)めたようだ事」と藤尾が云う。
「なるほど、天賞堂の広告見たようだ」と宗近君は知らぬ顔で俗にしてしまう。甲野さんは軽く笑って仰向(あおむ)いた。
 空は低い。薄黒く大地に逼(せま)る夜の中途に、煮え切らぬ星が路頭に迷って放下(ぶらさ)がっている。柱と連(つら)なり、甍と積む万点の※(ほのお)は逆(さか)しまに天を浸(ひた)して、寝とぼけた星の眼(まなこ)を射る。星の眼は熱い。
「空が焦(こ)げるようだ。——羅馬(ロウマ)法王の冠かも知れない」と甲野さんの視線は谷中(やなか)から上野の森へかけて大いなる圜(けん)を画(えが)いた。
「羅馬法王の冠か。藤尾さん、羅馬法王の冠はどうだい。天賞堂の広告の方が好さそうだがね」
「いずれでも……」と藤尾は澄ましている。
「いずれでも差支(さしつかえ)なしか。とにかく女王(クイーン)の冠じゃない。ねえ甲野さん」
「何とも云えない。クレオパトラはあんな冠をかぶっている」
「どうして御存じなの」と藤尾は鋭どく聞いた。
「御前の持っている本に絵がかいてあるじゃないか」
「空より水の方が奇麗(きれい)よ」と糸子が突然注意した。対話はクレオパトラを離れる。
 昼でも死んでいる水は、風を含まぬ夜の影に圧(お)し付けられて、見渡す限り平かである。動かぬはいつの事からか。静かなる水は知るまい。百年の昔に掘った池ならば、百年以来動かぬ、五十年の昔ならば、五十年以来動かぬとのみ思われる水底(みなそこ)から、腐った蓮(はす)の根がそろそろ青い芽(め)を吹きかけている。泥から生れた鯉(こい)と鮒(ふな)が、闇(やみ)を忍んで緩(ゆる)やかに※(あぎと)を働かしている。イルミネーションは高い影を逆(さかし)まにして、二丁余(あまり)の岸を、尺も残さず真赤(まっか)になってこの静かなる水の上に倒れ込む。黒い水は死につつもぱっと色を作(な)す。泥に潜(ひそ)む魚の鰭(ひれ)は燃える。
 湿(うるお)える※(ほのお)は、一抹(いちまつ)に岸を伸(の)して、明かに向側(むこうがわ)へ渡る。行く道に横(よこた)わるすべてのものを染め尽してやまざるを、ぷつりと截(き)って長い橋を西から東へ懸(か)ける。白い石に野羽玉(ぬばたま)の波を跨(また)ぐアーチの数は二十、欄に盛る擬宝珠(ぎぼしゅ)はことごとく夜を照らす白光の珠(たま)である。
「空より水の方が奇麗よ」と注意した糸子の声に連れて、残る三人の眼はことごとく水と橋とに聚(あつま)った。一間ごとに高く石欄干を照らす電光が、遠きこちらからは、行儀よく一列に空(くう)に懸って見える。下をぞろぞろ人が通る。
「あの橋は人で埋(うま)っている」
と宗近君が大きな声を出した。
 小野さんは孤堂(こどう)先生と小夜子(さよこ)を連れて今この橋を通りつつある。驚ろかんとあせる群集は弁天の祠(やしろ)を抜けて圧(お)して来る。向(むこう)が岡(おか)を下りて圧して来る。東西南北の人は広い森と、広い池の周囲(まわり)を捨ててことごとく細長い橋の上に集まる。橋の上は動かれぬ。真中に弓張を高く差し上げて、巡査が来る人と往く人を左へ右へと制している。来る人も往く人もただ揉(も)まれて通る。足を地に落す暇はない。楽に踏む余地を尺寸(せきすん)に見出して、安々と踵(かかと)を着ける心持がやっと有ったなと思ううち、もう後(うし)ろから前へ押し出される。歩くとは思えない。歩かぬとは無論云えぬ。小夜子は夢のように心細くなる。孤堂先生は過去の人間を圧し潰(つぶ)すために皆(みんな)が揉むのではないかと恐ろしがる。小野さんだけは比較的得意である。多勢(たぜい)の間に立って、多数より優(すぐ)れたりとの自覚あるものは、身動きが出来ぬ時ですら得意である。博覧会は当世である。イルミネーションはもっとも当世である。驚ろかんとしてここにあつまる者は皆当世的の男と女である。ただあっと云って、当世的に生存(せいそん)の自覚を強くするためである。御互に御互の顔を見て、御互の世は当世だと黙契して、自己の勢力を多数と認識したる後(のち)家に帰って安眠するためである。小野さんはこの多数の当世のうちで、もっとも当世なものである。得意なのは無理もない。
 得意な小野さんは同時に失意である。自分一人でこそ誰が眼にも当世に見える。申し分のあるはずがない。しかし時代後れの御荷物を丁寧に二人まで背負(しょ)って、幅の利(き)かぬ過去と同一体だと当世から見られるのは、ただ見られるのではない、見咎(みとが)められるも同然である。芝居に行って、自分の着ている羽織の紋の大(おおき)さが、時代か時代後れか、そればかりが気になって、見物にはいっこう身が入らぬものさえある。小野さんは肩身が狭い。人の波の許す限り早く歩く。
阿爺(おとうさん)、大丈夫」と後(うしろ)から呼ぶ。
「ああ大丈夫だよ」と知らぬ人を間に挟んだまま一軒置いて返事がある。
「何だか危なくって……」
「なに自然(じねん)に押して行けば世話はない」と挟(はさ)まった人をやり過ごして、苦しいところを娘といっしょになる。
「押されるばかりで、ちっとも押せやしないわ」と娘は落ちつかぬながら、薄い片頬(かたほ)に笑(えみ)を見せる。
「押さなくってもいいから、押されるだけ押されるさ」と云ううち二人は前へ出る。巡査の提灯(ちょうちん)が孤堂先生の黒い帽子を掠(かす)めて動いた。
「小野はどうしたかね」
「あすこよ」と眼元で指(さ)す。手を出せば人の肩で遮(さえ)ぎられる。
「どこに」と孤堂先生は足を揃(そろ)える暇もなく、そのまま日和下駄(ひよりげた)の前歯を傾けて背延(せいのび)をする。先生の腰が中心を失いかけたところを、後ろから気の早い文明の民が押(の)しかかる。先生はのめっ[#「のめっ」に傍点]た。危うく倒れるところを、前に立つ文明の民の背中でようやく喰い留める。文明の民はどこまでも前へ出たがる代りに、背中で人を援(たす)ける事を拒まぬ親切な人間である。
 文明の波は自(おのず)から動いて頼(たより)のない親と子を弁天の堂近く押し出して来る。長い橋が切れて、渡る人の足が土へ着くや否や波は急に左右に散って、黒い頭が勝手な方へ崩(くず)れ出す。二人はようやく胸が広くなったような心持になる。
 暗い底に藍(あい)を含む逝(ゆ)く春の夜を透(す)かして見ると、花が見える。雨に風に散り後(おく)れて、八重に咲く遅き香(か)を、夜に懸(か)けん花の願を、人の世の灯(ともしび)が下から朗かに照らしている。朧(おぼろ)に薄紅(うすくれない)の螺鈿(らでん)を鐫(え)る。鐫ると云うと硬過(かたすぎ)る。浮くと云えば空を離れる。この宵(よい)とこの花をどう形容したらよかろうかと考えながら、小野さんは二人を待ち合せている。
「どうも怖(おそ)ろしい人だね」と追いついた孤堂先生が云う。怖ろしいとは、本当に怖ろしい意味でかつ普通に怖ろしい意味である。
「随分出ます」
「早く家(うち)へ帰りたくなった。どうも怖(おそろ)しい人だ。どこからこんなに出て来るのかね」
 小野さんはにやにやと笑った。蜘蛛(くも)の子のように暗い森を蔽(おお)うて至る文明の民は皆自分の同類である。
「さすが東京だね。まさか、こんなじゃ無かろうと思っていた。怖しい所だ」
 数(すう)は勢(いきおい)である。勢を生む所は怖しい。一坪に足らぬ腐れた水でも御玉杓子(おたまじゃくし)のうじょうじょ湧(わ)く所は怖しい。いわんや高等なる文明の御玉杓子を苦もなくひり[#「ひり」に傍点]出す東京が怖しいのは無論の事である。小野さんはまたにやにやと笑った。
「小夜や、どうだい。あぶない、もう少しで紛(はぐ)れるところだった。京都じゃこんな事はないね」
「あの橋を通る時は……どうしようかと思いましたわ。だって怖(こわ)くって……」
「もう大丈夫だ。何だか顔色が悪いようだね。くたびれたかい」
「少し心持が……」
「悪い? 歩きつけないのを無理に歩いたせいだよ。それにこの人出じゃあ。どっかでちょいと休もう。——小野、どっか休む所があるだろう、小夜が心持がよくないそうだから」
「そうですか、そこへ出るとたくさん茶屋がありますから」と小野さんはまた先へ立って行く。
 運命は丸い池を作る。池を回(めぐ)るものはどこかで落ち合わねばならぬ。落ち合って知らぬ顔で行くものは幸である。人の海の湧(わ)き返る薄黒い倫敦(ロンドン)で、朝な夕なに回り合わんと心掛ける甲斐(かい)もなく、眼を皿に、足を棒に、尋ねあぐんだ当人は、ただ一重(ひとえ)の壁に遮(さえぎ)られて隣りの家に煤(すす)けた空を眺(なが)めている。それでも逢(あ)えぬ、一生逢えぬ、骨が舎利(しゃり)になって、墓に草が生えるまで逢う事が出来ぬかも知れぬと書いた人がある。運命は一重の壁に思う人を終古(しゅうこ)に隔てると共に、丸い池に思わぬ人をはたと行き合わせる。変なものは互に池の周囲(まわり)を回りながら近寄って来る。不可思議の糸は闇の夜をさえ縫う。
「どうだい女連(おんなれん)はだいぶ疲れたろう。ここで御茶でも飲むかね」と宗近君が云う。
「女連はとにかく僕の方が疲れた」
「君より糸公の方が丈夫だぜ。糸公どうだ、まだ歩けるか」
「まだ歩けるわ」
「まだ歩ける? そりゃえらい。じゃ御茶は廃(よ)しにするかね」
「でも欽吾(きんご)さんが休みたいとおっしゃるじゃありませんか」
「ハハハハなかなか旨(うま)い事を云う。甲野さん、糸公が君のために休んでやるとさ」
「ありがたい」と甲野さんは薄笑をしたが、
「藤尾も休んでくれるだろうね」と同じ調子でつけ加える。
「御頼みなら」と簡明な答がある。
「どうせ女には敵(かな)わない」と甲野さんは断案を下(くだ)した。
 池の水に差し掛けて洋風に作り上げた仮普請(かりぶしん)の入口を跨(また)ぐと、小(ちいさ)い卓に椅子(いす)を添えてここ、かしこに併(なら)べた大広間に、三人四人ずつの群(むれ)がおのおの口の用を弁じている。どこへ席をとろうかと、四五十人の一座をずっと見廻した宗近君は、並んで右に立っている甲野さんの袂(たもと)をぐいと引いた。後(うしろ)の藤尾はすぐおやと思う。しかし仰山(ぎょうさん)に何事かと聞くのは不見識である。甲野さんは別段相図を返した様子もなく
「あすこが空(あ)いている」とずんずん奥へ這入(はい)って行く。あとを跟(つ)けながら藤尾の眼は大きな部屋の隅から隅までを残りなく腹の中へ畳み込む。糸子はただ下を見て通る。
「おい気がついたか」と宗近君の腰はまず椅子に落ちた。
「うん」と云う簡潔な返事がある。
「藤尾さん小野が来ているよ。後(うし)ろを見て御覧」と宗近君がまた云う。
「知っています」と云ったなり首は少しも動かなかった。黒い眼が怪しい輝(かがやき)を帯びて、頬の色は電気灯のもとでは少し熱過ぎる。
「どこに」と何気(なにげ)なき糸子は、優(やさ)しい肩を斜(なな)めに捩(ね)じ向けた。
 入口を左へ行き尽くして、二列目の卓を壁際に近く囲んで小野さんの連中は席を占めている。腰を卸(おろ)した三人は突き当りの右側に、窓を控えて陣を取る。肩を動かした糸子の眼は、広い部屋に所択(ところえら)ばず散らついている群衆を端から端へ貫ぬいて、遥(はる)か隔たった小野さんの横顔に落ちた。——小夜子は真向(まむき)に見える。孤堂先生は背中の紋ばかりである。春の夜を淋しく交る白い糸を、顎(あご)の下に抜くも嬾(もの)うく、世のままに、人のままに、また取る年の積るままに捨てて吹かるる憂(う)き髯(ひげ)は小夜子の方に向いている。
「あら御連(おつれ)があるのね」と糸子は頸(くび)をもとへ返す。返すとき前に坐っている甲野さんと眼を見合せた。甲野さんは何にも云わない。灰皿の上に竪(たて)に挟んだ燐寸箱(マッチばこ)の横側をしゅっと擦(す)った。藤尾も口を結んだままである。小野さんとは背中合せのままでわかれるつもりかも知れない。
「どうだい、別嬪(べっぴん)だろう」と宗近君は糸子に調戯(からかい)かける。
 俯目(ふしめ)に卓布を眺(なが)めていた藤尾の眼は見えぬ、濃い眉だけはぴくりと動いた。糸子は気がつかぬ、宗近君は平気である、甲野さんは超然としている。
「うつくしい方(かた)ね」と糸子は藤尾を見る。藤尾は眼を上げない。
「ええ」と素気(そっけ)なく云い放つ。極(きわ)めて低い声である。答を与うるに価(あたい)せぬ事を聞かれた時に、——相手に合槌(あいづち)を打つ事を屑(いさぎよし)とせざる時に——女はこの法を用いる。女は肯定の辞に、否定の調子を寓する霊腕を有している。
「見たかい甲野さん、驚いたね」
「うん、ちと妙だね」と巻煙草(まきたばこ)の灰を皿の中にはたき落す。
「だから僕が云ったのだ」
「何と云ったのだい」
「何と云ったって、忘れたかい」と宗近君も下向(したむき)になって燐寸(マッチ)を擦(す)る。刹那(せつな)に藤尾の眸(ひとみ)は宗近君の額を射た。宗近君は知らない。啣(くわ)えた巻煙草に火を移して顔を真向(まむき)に起した時、稲妻はすでに消えていた。
「あら妙だわね。二人して……何を云っていらっしゃるの」と糸子が聞く。
「ハハハハ面白い事があるんだよ。糸公……」と云い掛けた時紅茶と西洋菓子が来る。
「いやあ亡国の菓子が来た」
「亡国の菓子とは何だい」と甲野さんは茶碗を引き寄せる。
「亡国の菓子さハハハハ。糸公知ってるだろう亡国の菓子の由緒(いわれ)を」と云いながら角砂糖を茶碗の中へ抛(ほう)り込む。蟹(かに)の眼のような泡(あわ)が幽(かす)かな音を立てて浮き上がる。
「そんな事知らないわ」と糸子は匙(さじ)でぐるぐる攪(か)き廻している。
「そら阿爺(おとっさん)が云ったじゃないか。書生が西洋菓子なんぞを食うようじゃ日本も駄目だって」
「ホホホホそんな事をおっしゃるもんですか」
「云わない? 御前よっぽど物覚がわるいね。そらこの間甲野さんや何かと晩飯を食った時、そう云ったじゃないか」
「そうじゃないわ。書生の癖に西洋菓子なんぞ食うのはのらくら[#「のらくら」に傍点]ものだっておっしゃったんでしょう」
「はああ、そうか。亡国の菓子じゃなかったかね。とにかく阿爺は西洋菓子が嫌(きらい)だよ。柿羊羹(かきようかん)か味噌松風(みそまつかぜ)、妙なものばかり珍重したがる。藤尾さんのようなハイカラの傍(そば)へ持って行くとすぐ軽蔑(けいべつ)されてしまう」
「そう阿爺(おとうさま)の悪口をおっしゃらなくってもいいわ。兄さんだって、もう書生じゃないから西洋菓子を食べたって大丈夫ですよ」
「もう叱られる気遣(きづかい)はないか。それじゃ一つやるかな。糸公も一つ御上(おあが)り。どうだい藤尾さん一つ。——しかしなんだね。阿爺(おとっさん)のような人はこれから日本にだんだん少なくなるね。惜しいもんだ」とチョコレートを塗った卵糖(カステラ)を口いっぱいに頬張(ほおば)る。
「ホホホホ一人で饒舌(しゃべ)って……」と藤尾の方を見る。藤尾は応じない。
「藤尾は何も食わないのか」と甲野さんは茶碗を口へ付けながら聞く。
「たくさん」と云ったぎりである。
 甲野さんは静かに茶碗を卸(おろ)して、首を心持藤尾の方へ向け直した。藤尾は来たなと思いながら、瞬(またたき)もせず窓を通して映(うつ)る、イルミネーションの片割(かたわれ)を専念に見ている。兄の首はしだいに故(もと)の位地に帰る。
 四人が席を立った時、藤尾は傍目(わきめ)も触らず、ただ正面を見たなりで、女王の人形が歩を移すがごとく昂然(こうぜん)として入口まで出る。
「もう小野は帰ったよ、藤尾さん」と宗近君は洒落(しゃらく)に女の肩を敲(たた)く。藤尾の胸は紅茶で焼ける。
「驚ろくうちは楽(たのしみ)がある。女は仕合せなものだ」と再び人込(ひとごみ)へ出た時、何を思ったか甲野さんは復(また)前言を繰り返した。
 驚くうちは楽がある! 女は仕合せなものだ! 家(うち)へ帰って寝床へ這入(はい)るまで藤尾の耳にこの二句が嘲(あざけり)の鈴(れい)のごとく鳴った。


底本:「夏目漱石全集4」ちくま文庫、筑摩書房
   1988(昭和63)年1月26日第1刷発行
底本の親本:「筑摩全集類聚版夏目漱石全集」筑摩書房
   1971(昭和46)年4月〜1972(昭和47)年1月にかけて刊行
入力:柴田卓治
校正:伊藤時也
ファイル作成:野口英司
1999年4月3日公開
1999年8月30日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。

●表記について

本文中の※は、底本では次のような漢字(JIS外字)が使われている。

※(ほのお)
※(あご)
※(あぎと)
※(ふき)
相輪※(そうりんとう)
※(とう)に相輪(そうりん)
※然(にこやか)
※々(びび)として
連※(れんぎょう)
蠑※(いもり)
※色(ときいろ)
※※(しゃこ)