図書カード
青空文庫
Blue Sky Collection
No.
著者名 ラティガン、テレンス(テレンス・ラティガン Terence Mervyn Rattigan)
訳者名 能美武功
書籍名 シルヴィアって誰?(Who is Sylvia?)
入力者名 能美武功

作品について: 題名は、シェイクスピアの「ヴェローナの二紳士」の中に出てくるセレナーデ(Who is Sylvia?)による。シューベルトに同名の歌曲あり。
 1949年12月書き始める。高校生の時に好きになった女の子のイメージを追って、次々に恋人を作っては別れてゆく既婚の男マークが主人公。夫の浮気を知り、遠隔操作で見張っている妻。父親から外交官になれと強要されているが、自分の好きな役者の道を選ぶ息子。ラティガンの自伝である。主役のマークはレックス・ハリソンにやって貰おうと決めて書いた。ハリソンは最初のヒット作「涙なしのフランス語」の主役アランを演じた時からラティガンの信用を得ていた。
 しかし両親及び自分の人生を喜劇仕立てにすることは難しかった。12月に書き始めたものを、クリスマスの直前に全部破り棄て、再び書き始めた。書けば書く程、登場人物から現実味が消えて行くように感じられた。
 やっと書き上げるや、すぐハリソンに送った。「この芝居はあまりリアルな味付けをすると失敗する。(wouldn't work in too realistic a vein)」と書いて。
 1950年2月14日、ハリソンはニューヨークから手紙を書いた。「興奮して読みました。大変笑える、素晴らしい(glorious)喜劇ですね。」しかし自分が演じることには難色を示した。芝居では「理想の女性像」シルヴィアに似た三人の女に言い寄る。そして次々と離れてゆく。ハリソン自身も女性の誘惑者として知られていた。それをロンドンの劇場でわざわざ見せることをはばかったのだ。
「マークは上流の魅力的な女性といくらでも付き合える地位にあるのです。それがいくら「シルヴィア」に似ているからといって、あのような蓮っ葉な女に惹かれるとはどうしても考えられません。」
 ラティガンは返事を書く。「シルヴィアはマークにとって単なる空想であって、現実ではないのです。フロイド流に言えば、エディプス・コンプレックスの一種なのです。母親を上半身と下半身に分け、上半身を妻に、下半身をシルヴィアに托している。しかし常に上半身が下半身に勝つのです。」
 ラティガンが三人のシルヴィアを蓮っ葉に作ったのは勿論、彼女らがマークに棄てられた後のことを観客が心配するようであっては、喜劇にならないからであった。ハリソンはすぐに電報をよこした。「ロンドン公演にもニューヨーク公演にも喜んで出演します。」ラティガンは電報を打った。「あれ(涙なし)から14年。久しぶりですね。実に楽しみです。」
 しかしこれは糠喜びだった。二日後にハリソンはまた、「多少の変更」を望んできた。ラティガンは断り、ハロルド・フリードマンを通じてその旨をハリソンに伝えた。ハリソンは再び考えを変え、電報を打った。「来年の4月にお会いします。それまで待って下さい。大変やってみたいのです。」
 しかし、後に再び断りの電報を打ってきた。「妻リリー・パルマーとアメリカに留まることに決めました。」
 興行主のビンキー・ボーマンは素早く動いた。「お日様のあるうちに」で主役を演じて大変好評だったマイケル・ワイルディングに接触した。しかし彼には映画の仕事があった。「残念です(my broken heart)。本当に素敵な芝居なのに(your beautiful play)」。デイヴィッド・ニヴェン、次にジョン・ミルズにあたった。が、二人とも断ってきた。やっと、「涙なしの」で、キット・ネイランを演じたロバート・フレミングがどうかという話になった。同じ「涙なしの」で、ロジャーズ中尉を演じたローランド・カルヴァーがマークの相棒オスカーを演じることに決まったじゃないか、それなら……と。フレミングは当時ニューヨークで急に成長株(burgeoning)になっていたのだ。
 5月の第一週にフレミングは引き受けた。しかし引き受ける前に、彼もハリソンと全く同じ疑問を作者に投げ掛けた。いわく、「マークのような知性のある男が、何故あんな蓮っ葉な女達を……」
 1950年10月9日ケンブリッジで試し公演(short try-out)が行われた。ラティガンはフレミングの演ずるマークが気に入らなかった。彼はレックス・ハリソンとは違う。演技に「のび」がなく、作者の持っているマーク像、観客に現実より空想を与える役割、を出せない。ボーモンと相談。ロンドン公演の直前ではあるが、ナイジェル・パトリックに主役を変更しようかとも考えた。が、まだフレミングの方が安全であると決定した。
 1950年10月24日、クライテリオンでの初演。観客は最後の幕が降りた時、気のない拍手を送っただけであった。新聞評もさんざんであった。
(この「シルヴィアって誰」は381回。但し、ラティガンの自腹切りでやっと公演を続けることが出来たものである。)
(St. Martin's Press社, Geoffrey Wansell 著 Terence Rattigan による。能美武功 平成11年5月28日 記)
著者について: Terence Mervyn Rattigan (1911-1977)イギリスの劇作家。オックスフォード大学に学んで外交官を志したが、劇作に興味をもって学業を中断。喜劇「涙なしのフランス語」(1936)が処女作。ここに父親との関係、学業を中断した経緯、などが盛り込まれている。「シルヴィアって誰」(1950)にも彼の青年期の親子関係が書かれていて、面白い。

 劇団「昴−三百人劇場」では時々ラティガンのものが演じられている。現在(平成10年)までに次のものあり。
昭和54年 海は青く深く(Deep Blue Sea)臼井善隆訳 樋口昌弘演出 新村礼子 山口哲也 久保田民絵 鳳八千代 西本裕之 加藤和夫 北村総一郎 吉井公一
昭和58年 銘々のテーブル(Separate Tables)小田島雄志訳 中西由美演出 森脇操 山本勝彦
昭和60年9月 ウィンズローボーイ(Winslow Boy)福田逸訳・演出 簗正昭 久米明 北島マヤ 山口嘉三 
平成1年2月 海は青く深く(Deep Blue Sea)臼井善隆訳 樋口昌弘演出 中山有子 知念寛子 松下丈司 
平成1年7月 銘々のテーブル(Separate Tables)小田島雄志訳 樋口昌弘演出 原聖子 中山有子 松下丈司
平成5年 銘々のテーブル(Separate Tables)小田島雄志訳 中西由美演出 信正小百合 石田博英 松谷彼哉

 商業演劇で「王子と踊り子(Sleeping Prince)」(権謀術数に明け暮れるカルパチアの王が、アメリカの踊り子と知りあい、愛に生きる生活に目覚めるまで)が、ミュージカルとして演じられた。(太地真央 益田喜頓 他)

 尚、映画化されたものは下記。
1.銘々のテーブル(日本での題名「旅路」)バート・ランカスター、リタ・ヘイワース、デイヴィッド・ニヴェン、デボラ・カー主演
2.眠りの森の王子(日本での題名「王子と踊り子」)ローレンス・オリヴィエ、マリリン・モンロー主演
3.シルヴィアって誰(原題 The Man who loved redheads) モイラ・シェイラ主演
(平成11年5月17日 能美武功 記)


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