サッキー

第弐拾四話in金沢弁
-chisaさん・作-






廃墟となった第三新東京市が夕焼けに染まっていた。その光景を見つめるシンジ。

「トウジもケンスケも、皆ウチ無いがんなってよそに行ってしまった。
友達は…友達と呼べれる人は誰もおらんがになった…誰も。」

巨大な爆発跡が湖となって、シンジの眼前に広がっていた。

「綾波には会えれん。ほんな勇気無いし。
どんな顔すればいいがか、判らんし。
アスカ、ミサトさん、母ちゃん。………僕はどうしたらいいがやろ?」

その時、シンジの耳にどこからか歌が聞こえてきた。
誰かがベートーベンの第9を鼻唄で歌っている。
声がする方に振り向くシンジ。


「歌はい〜じ〜。」

そこには少年がいた。
湖につかった壊れた石像---天使の像の上に座っている少年。
歌声はその少年のものだった。


「ああ?」

「歌は心を満たしてくれる。リリンの生み出した文化の極みやね。
ほー思わんけー?碇シンジ君」

その少年はシンジの事を知っていた。

「僕の名を?」

いぶかしがるシンジ。少年は答える。

「知らんもんはおらんわいね。
失礼やけど、あんた自分の立場をもうちょっと知っとったほうがいいと思うわ。
僕はカヲル。渚カヲル。
あんたとおなし、仕組まれた子供、フィフスチルドレンやよ。」

少年の名はカヲル。シンジと同じくEVA操縦適確者、フィフスチルドレンだという。

「フィフスチルドレン?あんたが?あの……渚君?」

とまどうシンジ。


「カヲルでいいぞいね、碇君」

名字を確認するシンジに向かって微笑む少年。
シンジは顔を赤らめつつ答えた。


「僕も、あの、シンジでいいわいね。」

シンジの言葉ににっこりと笑うカヲル。夕日が2人を茜色に染めていった……。




巨大な本部エスカレーター。
その上部でレイを待ち受ける人影があった。
エスカレーターから降りたレイに声がかけられる。


「あんたがファーストチルドレンやね」

その人影はカヲルであった。レイは顔を上げてカヲルを見つめた。

「綾波レイ。
あんたは僕と同じやね」



「………あんた、誰や?」

黙って微笑むカヲルに、レイはいぶかしげな表情を見せた………。




本部施設ゲート前のベンチに座っているシンジ。その前のゲートが開く。


「おぅ。僕を待っとってくれたんか?」

「いや、あの、別に。あの、ほんなつもりじゃあ……」

「今日は?」

少し屈んで目線をそろえる様にするカヲル。

「あの、定時試験も終わったし、後はシャワーを浴びて帰るだけやけど……
ホントは帰りたくないげん。……この頃」

「帰るウチ、ホームがあるって事実は幸せに繋がるわいね。良い事やん。」

カヲルのきっぱりとした答えにシンジは戸惑う。

「ほーけー?」

「僕はすごいがにあんたと話したいげん。一緒に行って良いけ?」

「ああ?」

「シャワーやって。これからねんろ?」

「う、うん。」


「ダメけ?」

「や、ほ、ほーゆーワケじゃないげんけど……」

そうして2人は寄りそう様にし、大浴場へと向かった。




本部内にある大浴場でくつろぐシンジとカヲル。
平然としているカヲルに対して、シンジは照れ臭そうに下を向いてはにかんでいた。

「一次的接触をすごいがんに嫌うげんね、あんたは。おとろし〜がかあ?
人と触れ合うのんが。他人を知らんかったら、裏切られる事も、互いに傷付く事もないわいね。
ほんでも寂しさを忘れる事もないげんよ。」

カヲルが言った。

「人間は寂しいがを永久になくす事は出来んわ。人はひとりやからね。
ただ、忘れる事が出来るから人は生きていけるげんよ。」

大浴場の照明が消えた。

「時間やわ。」

とシンジ。


「もう、終われんけ?」

「うん……もう寝んなん」


「あんたと?」

「あ?あ、いや、カヲル君には部屋が用意されとるわいね……別の」

「ほーか…」

カヲルの言葉にドキッとするシンジであった。

「常に人間は痛みを感じとる。
心が痛がりやから、生きるのも辛いと感じるがや」

立ち上がってシンジに語り掛けるカヲルであった。

「ガラスの様に繊細やね。
特にあんたの心は」

「僕が?」


「ほーや、好意に値するわ」

「コウイ??????」


「好きやって事や」

カヲルのそのセリフは、シンジが今まで自分に対して言われた事のない言葉だった。




電気の消えたレイの部屋------ベッドの上でレイが腹ばいになっている。


「私、なんでここにおれんろ?」

ポツリとつぶやく。

「私、なんで、まだ生きとるげんろー?」

自分自身に問いかけるレイ。

「何の為に?」

何度も繰り返し、問いかけるレイ。

「誰の為に?」

天上に輝く月。そして壊れたゲンドウの眼鏡。
レイの頭の中に浮かぶ、不思議な少年のイメージ------カヲル。

「フィフスチルドレン。あのヒト、私とおなし感じがする……なんでやろ????」




その頃、シンジはカヲルの部屋にいた。

「やっぱり僕が下で寝るわいね。」

そのカヲルの言葉にシンジが答えた。

「いいっちゃ。僕が無理ゆって泊めてもらっとるげんから、ここでいいがや。」

夜は静かに更けてゆく……。

「あんたは何を話したいがん?僕に聞いて欲しい事があれんろ?」

カヲルにうながされるまま、シンジは語った。
ここに来る前の事を、穏やかで何もない日々の事を---。

「色々あってん……ここ来て……。来る前は先生の所におってん。
穏かで、何もない日々やったわ。ただそこにおるだけの…。
でも、ほんでも良かってんけど。僕にはなんもする事がなかったし。」

「人間、嫌いなんか?」

カヲルは聞いた。

「別に………どうでもよかったんやわ。
ただ、父ちゃんは嫌いやった。」

素直に心情を吐露するシンジの姿があった。
とりとめもなく、カヲルに自分の事を話すシンジ-----会話が途切れた時、シンジが何げなくカヲルを見ると、やはりシンジを見ていたカヲルと目が合ってしまった。


「僕はあんたに逢う為に、生まれて来たんかもしれん。」

シンジの顔を見つめながらカヲルは言った。
ドキッとしたシンジ-----頬は真っ赤に染まっていた。

そして夜は更けてゆく。




ケイジ内。カヲルは弐号機の前に立って語り掛ける。

「ほんなら、行くぞ。
こっち来まっしま、アダムの分身、ほんでリリンの下僕」

…………と。

空中に1歩を踏み出すカヲル-----その身体は宙に浮いていた。




「嘘や嘘や!!カヲル君が使徒やったなんて、そんなん嘘やわいね〜!!」

その声は震えていた-----驚愕と、裏切られた怒りの為なのか。
シンジはカヲルが使徒だと知って動揺する。
だが出撃命令は変わらない-----。




「へしないなぁ〜、シンジ君」

カヲルは心配する様に頭上を見上げた。
追撃が始まった。

「裏切ってんな!僕の気持ちを裏切ったんやな!!
父さんとおんなじに裏切ったんやな!!」

かなりの速さでセントラルドグマを下降してゆく初号機-----シンジの顔は悔しそうであった。


「おった!!」

「待っとってんぞ、シンジ君」

初号機の姿を頭上に認め、安心した様な顔を見せるカヲル。

「カヲル君!」

シンジがカヲルに向かって手を伸ばした。
その時、初号機の手を弐号機が掴んだ!
組み合う2体のEVA。
しかし、カヲルは何をするでもなく、その光景をじっと見つめていた。

「アスカ!!ごめん!!」

シンジはプログナイフを取り出した。
瞬間、弐号機も同時にナイフを抜いた!!

「エヴァシリーズ。アダムより生まれし、人間にとって忌むべき存在。
それを利用してまで生き延びようとするリリン。
僕には判らんぞいね。」

対峙する2体のEVA。
その光景を見つめていカヲルの表情は、どこか寂しげであった。
プログナイフがぶつかり合い、激しく火花を散らす。


「カヲル君!!やめていや!何でや!!」

叫ぶシンジ。


「エヴァは僕とおなし身体で出来とるがや。
僕もアダムから生まれたモンやから。
魂さえ無いげんたら同化出来るわいね。
この弐号機の魂は今、自分で閉じ篭っとるげんから。」

カヲルはそう言った---。
そうしてはじかれた初号機のナイフがカヲルの方へとそれた!
そのナイフをあっさりとATフィールドであっさりと受け止めるカヲル。
プログナイフを手も触れずに、はねのけるカヲル。

「ATフィールド???」

半信半疑のシンジ。

「ほうや、君達リリンはそう呼んどるぞいね。
なんぴとにも犯されん聖なる領域。
心の光。
リリンも判っとるげんろ。ATフィールドは、誰もが持っとる心の壁やって事を。」

カヲルはそう答えた。
信じていた友人が使徒だった----それはシンジの心を動揺させるに十分であった。
シンジは叫ぶ。


「ほんなん判らんわいね!カヲル君!」

弐号機のナイフが初号機の胸に突き刺さった。
その痛みに耐えながらも、弐号機の首筋に向かってナイフを突きつけるシンジ。
もはや、作戦行動と言うよりは、本能による死闘といった光景になっていた。
EVA同士の死闘に背を向けるカヲル。


「人の運命(さだめ)かねえ。人の希望は悲しみに満ちとるがやねえ………」

目を伏せるカヲル-----それと同時に発令所全体が揺らいだ。
それによって、すべてのモニターが探知不可能となってしまった。
地下のホールへと落下していく2体のEVA。
そして巨大な氷柱を上げて着水した。
落下したショックから目覚めたシンジはカヲルの名を呼ぶ。
その声に背を向けるカヲル-----身を乗り出してシンジは叫んだ。


「待ってまん!!」

だが、その追いかけようとする初号機の足首を弐号機が掴んでいた。
ヘブンスドアへの通路を煤進むカヲル-----視線を走らせただけでキーロックが解除された!
戦う2体のEVA。
その時、周囲を激しい揺れが襲った。
何かが地上で起こっているのだろうか!?
その時!!!ターミナルドグマの結界周辺にATフィールドが発生した。
結界の中に侵入しようとする何か。
だがすぐに消失してしまった。
その何かとは、何とレイであった!!!
ターミナルドグマに立つレイ。
その頃、カヲルはアダムの前へと辿り着いていた-----。

「----アダム。うちらの母ちゃんとも言える存在。
アダムより生まれたモンはアダムに還らんなんがか?
人を滅ぼしてまで」

アダムを見上げながらカヲルはそうつぶやいた。
七つの目が見えた-----その時、カヲルはわずかに顔をしかめた。


「違ごわ。こっりゃ……リリス」

彼の語調は驚きに満ちていた。
そのアダムの後方にある核自爆ユニットが大音響と共に外れた。
その置くから、頭にプルグナイフを突き立てられた弐号機が出現し、LCLの上に倒れこんだ。
弐号機を冷たい表情で見ているカヲル-----その目には哀れみも慈しみもなかった。
倒れこみ、動かなくなった弐号機の後ろから、ゆっくりと巨大な姿を現わす初号機。
初号機を見て微笑むカヲル-----その後ろにリリスの巨大な顔が見えた。
刹那、初号機はカヲルを握った!


「あんやと、シンジ君。
弐号機はあんたに止めとって貰いたかってん。
ほうせんと、彼女と生き続けんといかんかったかもしれんし。」

「カヲル君……なんでやいね……」

「僕が生き続けることが、僕の運命やからね。ほんで、人が滅んでもや。 ほんでもこのまま死ぬこともできるがや。生と死は等価値やさけね、僕にとっては。」

カヲルは語り出した。

「我が身(ワガミ)の死----それが唯一の絶対的自由ねん。」


「何をいね……カヲル君?あんたが何を言っとんがんかわからんわいね!?」

「遺言やよ。」

シンジは沈黙する-----。

「さぁ、僕を消してまん。ほうせんと、君らが消える事になるげんよ。
滅びの時を逃れ、未来を与えられる生命体はいっこしか選ばれんがや。
ほんであんたは死すべき存在じゃないわ。」

そうカヲルはシンジに言うと、チラリと上を見上げた。
その視線の先にはレイが立っていた。
冷ややかな目の彼女はカヲルを見つめている。そのレイを見てカヲルは微笑んだ。


「あんたらには未来が必要やわいね。」

優しく言うカヲル。


「……………」

シンジは何も答えない。


「あんやと。あんたに逢えて嬉しかったわ。」

シンジのインダクションレバーを握る手が震える。
うつむき、表情は見えない-----。

長い、長い、沈黙の時が流れた-----。


やがてシンジは命令を実行した……………………。




終劇



うちの母に聞いた金沢弁です。金沢が舞台の小説などを読むと、まるで京都弁のようなみやびな言葉が使われていてびっくりすることが多いのですが、その実態はこのように『ぞいね、わいね、がいね』と濁音が多く、みやびには程遠いというのが真相です。
ところで、金沢では「馬鹿」にあたる言葉として「ダラ」というのを使います。
金沢弁でいくと、アスカがシンジに良く言う「あんたバカァ〜?!」というのは、「あんたダラけ〜?!」となり、言われたシンジ君の全身から力が抜けることは間違い無しと思われます。





天使
胎内回帰