ここは地獄界-----水は澱み、風は生温かい霧を運び、大地は荒涼とした様相を呈しているそんな世界。
その一角に座するひとつのシルエット。
両手は口元で厳しく重ね合わされ、その双眸はこちらから伺い知る事は出来ない。
漆黒に輝く鋭角に研ぎ澄まされた甲冑に身を包み、射干玉の蝙蝠を彷彿させる2枚の羽を背にし、彼は己が召喚した人物を目前にしながら身動きもせず睨み据えていた。
その相対する人物達も---いやヒトと呼べるかは甚だ疑問ではあるが---同じく身じろぎもせず静観を決め込んでいた。
いつまでも続くかと思われたその沈黙も、やがて地から響く轟音と共に破ら去られたのであった。
「よく来た!カヲルよ。」
最初に口を開いたのは、座して不動の如し黒い塊の様なその人物であった。
その声はひどく機械的かつ絶対的なものを思わせるに十分な程、重厚かつ厳格な響きを持っていた。
「キール大王様、カヲル参上致しました。」
だが続いて静観を決め込んでいたその人物も、漸く固く閉ざしていた唇を開かせたのであった。
その彼の容貌は、この不毛と呼ぶに相応しい地獄界には余りに不釣り合いであった。
その肌は冬の木蓮の白い花弁を思わせ、その髪はあたかも蜘蛛の紡いだ糸の様に細く銀色に輝き、双つの瞳は石榴の様に赤く美しく輝き、その体躯はあくまで地獄に不似合いな華奢で細長い手足を擁していた。ただひとつ彼がこの世界に調和していると言えるのは、その凶々しいまでの毒をはらんだ美しい顔だけであった。それはそう、鱗粉に毒を持つと判っていながらも、触れずには居られない白い蝶の如き容貌と言えるだろう。
そして、その彼の背後にはこれまた別の意味で異彩を放つ人物が居た。
「……んで、私達を呼び出した用件って何ィ〜?」
正面の彼とは逆に、明るく鈴の様に軽やかな口調でその人物は喋った。まだ少女の声だ。その姿はここ地獄の濃い霧の中に紛れてよく判らないが、鈴を転がす様な小気味よいその声から察するに、美しい少女であろうと誰もが思う事だろう。
「私達、何かおいたしました?だったらそれはそれで、ウチの氷屋敷の執事通してからにして下さいよ!」
軽やかなのは口調だけではなかった様だ。が、それに呼応するかの如く、カヲルと名乗る--人間でいえばまだ少年期に存るかの様な--彼が口を開いた。
「そうだね、ここに居るのは地獄界でも屈指の名門に当たる出身の者ばかりだから、咎あっての事ではないと思うよ。むしろ何か他の理由があって、僕らはここに居るんだと思うよアスカ君。
………ま、単刀直入に用件をおっしゃって下さい、キール大王様。僕はともかくアスカ君の精神衛生上、よろしくないみたいですから。」
さらりと背後の少女の軽々しい物言いを受け流して、彼は言った。
「お前達をここに呼んだのは他でもない。他の者ではこの大仕事は任せられないからだ。」
キールと呼ばれたその人物は、重い口を開かせて漸く本題に差し掛かった様であった。
「いきなりだが、カヲル。お前もこの世界と別の世界が存在する事を知っているだろう。
いわば、異次元の世界だな……この地獄界とは表裏一体、そんな関係にある。
そこには人間という無能で非力な生き物が蠢いておる。我等、地獄界人の様な特別な能力は持ち合わせておらぬ。」
「それが……?」
大した感慨もなく、淡々とカヲルは聞き返した。
「まぁ終まで話は聞くものだ、カヲルよ。
その人間界に地獄界の悪漢共が乗り込んでいるらしいのだ。
地獄界で悪事を働けば、わしに睨まれるので人間界で暴走しておる。
人間はその地獄界の悪漢共を妖怪と呼び、恐れている……それでだ!カヲルよ」
「成程。最後まで聞かずとも何をおっしゃりたいのかは理解出来ました。
まぁ、大王様の目を盗んで悪事を働く輩を赦しておいてはひいても地獄界の統率者としての沽券にも拘わりますからね〜。
要するに、僕達に自分の手の廻らない妖怪の退治をさせるつもりなんでしょう?」
その瞬間、カヲルの鋭いツッコミに、流石の大王も二の句を告げる事が出来ずに詰まってしまっていた。
しかし、それ如きでひるむキール大王では無い。何といってもキール大王はカヲルの伯父だからだ(^-^;;
「うむ。そこまで理解しておるなら話は早い。
………それでだ。日頃この地獄界で問題ばかり起こしているお前に寛大な処置として、人間界へまんまと逃亡せしめた者共の捕獲、及び退治を命ずる事にした。」
「問題…………?僕、何かしましたっけ?」
「何を恍けた事を言っとるか!
散々この地獄界の美少年達の青田買いをしときながら!
彼等の親御からの苦情処理にどれだけわしが振り回されたのか判っておるのか!」
「イヤだな大王様、彼等から僕に近寄って来たんですよ。お互い様じゃないですか!
据膳食わぬは男の恥、もしくは来る者は拒まず、去る者は追いかけて犯るというのが僕のポリシーなのはご存じな筈でしょう。」
そう、彼---カヲルは地獄界きってのたらしだったのだ(^-^;;
だが廻りの者がカヲルを放って置かなかったのも一因だろう(笑)
しかしこのまま放置しておくと少年達の将来はおろか、カヲル自身の将来にもよくない---肉親でさえ頭を痛めるこの問題児の更正の為にも、キールはよく考えての結論を出したといえよう。勿論カヲルが人間界で問題を起こさないとも限らない。だが実の所、地獄界の住人は人間界の住人と結ばれる事は禁忌とされているので、その事も考慮した末の結論だったのである。
「でも、まぁいいでしょう。結構自分でもやりすぎたという感は否めませんからね〜。
それでチャラになるのなら、大いに協力しましょう。」
「何だか素直すぎて気持ち悪いぞ、カヲルよ。」
つかさずキール大王がツッコミを入れた。流石この伯父にしてこの甥存りといった所か。
だがカヲルは相変わらずで、
「それじゃ、こうしている間にも妖怪共がどの様な悪事を働いているかもしれませんので、早速人間界に行かせて頂きます。」
心にも無い事を言い、逸る心を自制しつつその場から去ろうとした矢先キール大王が急にカヲルを呼び止めた。
「まーて待て待て、カヲルよ。
言い忘れておったが、殺すのは最終手段にしなるべく捕えるだけにせい。
そして餞別にこれをやろう。」
そう言い、キール大王が差し出したのは赤い槍であった。
「槍?」
「ただの槍ではない!!
それはどの様な物であっても貫き通し、無限の力を秘めた超妖力な槍なのじゃ!
銘はロンギヌスの槍と言うらしい---お前の最大の武器になろう!」
「それはそれはで有難く頂戴しておく事にします。
では………」
そのロンギヌスの槍を受け取って、再びその場から立ち去ろうとしたカヲルの背にまたもやキール大王の声が掛かった。
「更にだ!カヲルよ!」
「まだ何かあるのかい?もう要らないんだけどな………」
不遜な態度を取るカヲルが眼中にもないかの様な素振りで、再びキール大王は喋り出した。
そして今までカヲルの背後に居た謎の人物を指したのであった。
「どうもお前独りでは心もとなくてイカン。
仲間を付けよう。
さぁアスカ姫!」
そう指されて、アスカと呼ばれた先程の人物は全身で拒否を訴えた。
「ちょーっっと!!!何?何なの??勝手に人の未来決定しないでくれるぅ???
いつ・誰が・私とこんなコマシが一緒に、人間なんて下等な生物の蠢く世界に赴くって決めたのよッ!」
「わしじゃ、たった今。」
取りつく島もない答えだった。
「ジョーダンにしても程があるわ!厭よ!絶対に厭!
人間と一緒の世界に住むなんて気持ち悪い!」
そう叫んでアスカと呼ばれた少女は濃い霧の中からその姿を現したのであった。その姿はミニスカートを彷彿とさせる程短い丈の真っ白な振袖で細い腰を白い帯で巻付けただけの、何とも可愛らしいとも艶っぽい格好とも言えるものであったが、印象的なのはその服装とは対照的な長い赤毛と深い湖水を思わせる青い瞳であった。
トリコロールに彩られた彼女の姿は、到底この地獄界きっての名門・雪女家の姫君とは思えない程の熱い情熱に満ち溢れていた。だが美女で誉れ高い雪女の中に於いて、彼女はまだ未開花ながらも非常に美しい容姿であったので、既に求婚者が後を絶たない事も特筆すべき点である。だが彼女はそれをひけらかしたりは決してしない質だった。何故なら彼女は、他の同族の美女の様に己の美貌を武器に異性を手玉に取る様な行動を非常に嫌っていたからである。高飛車に見える所も多々あるが、実際は生真面目の裏返しなのである。
「まぁまぁ、そういうなアスカ姫よ。
おぬしが度々人間界に赴いている事は判っておるのだぞ。」
「ぎくぅっ!なななななな何を言うんですかっっ!
私があんな下界に降りる訳ないじゃないですか!」
「いや、おぬしには生まれた時からの婚約者が確か居た筈だ。
だが、ある時その相手が神隠しに逢い、現在に至るまで行方不明だと聞き及んでおる。」
「地獄で、何故神隠しなんだい?」
ああいえば、こういう。だがキール大王は、カヲルのツッコミにはもう慣れているらしく無視を決め込んだ。
「その婚約者を捜しに、その下界とやらに出向いている事くらいわしに判らいでか!
そういう事でおぬしは人間界に慣れておる。カヲルのパートナーにふさわしいだろうと考えての事なのだ。」
「う"………(汗)そこまで知ってたなんて………
そうよ!確かに私は、婚約者を捜しに大ッ嫌いな人間界によく足を運びます。
で、でも、何故私がこんなナルシスホモ男と一緒に行動しなくちゃならないんですか!
人間界に慣れてるとかなら、他にも適任者がいるでしょ?」
「適任した者なら大勢いる。が、しかしながら皆カヲルより弱い所為でナビゲーターが勤まらないのだ。」
ナビゲーターなんて横文字を使えるなんて侮れないわ!と、密かに心で呟くアスカだった。
「弱い?」
「万が一、カヲルが暴走し人間界の生態系に影響を及ぼす事があってはイカンからな。」
「生態系????」
「美少年を喰い尽くすと言う意味だ。」
「………ぁあ〜〜、成程……(汗)」
「どういう意味だい!随分な言い方じゃないですか?キール大王様」
そのまんまだと、その場に居た者全員は同時に思った---カヲル以外は。
「カヲルの暴走を止める事が出来、かつ人間界まで知っている者でなければこの役目を全うする事は出来ないのだ、アスカ姫よ。」
「………確かに………でもでも!でもですよ!
私に何のメリットがあるってーんです?」
誰だって自分の得にならない事はしないだろう。特にアスカは合理的でない事が嫌いだった。
「案ずるな。おぬしが未だ見つからぬ婚約者を捜しているというのなら、カヲルにも協力させよう。
それで利害関係が一致するだろう。」
「…………ひとつお伺いしますけど、マジでこの地獄界きってのホモ男に、この地獄界きっての頭脳と言われたアスカ様にも判らない婚約者の行方が判るって思ってらっしゃるんですか?!」
言い得て妙である。
「あの……………」
「いや、逆にその婚約者というのが美少年ならば、カヲルが感知して捜しやすいかもしれないぞ。」
「しかし、それでこの爆走ホモ男が私の婚約者を喰っちゃったらどーするんですか!
その時は責任を取るとでも言うのですか!」
「ちょっと……………」
「そこまで思慮浅い男なら、こんな大役は任せん。安心するがいい。」
「でも万が一って、さっきもおっしゃったじゃないですか!」
「もしもーし」
「ムム………まぁ流石のカヲルも人様のものは盗らぬだろうて。」
「そんな保証がドコにあるってーんですか!!!」
「ちょっと待ちたまえ!さっきから黙って聞いていると、勝手な事ばかり言ってくれている様だがね!
僕にだってそれくらいの分別はある!いいとも!喜んでその婚約者とやらを捜させて頂こうじゃないか!」
結構見掛けはクールなカヲルだが、キレると熱いらしい。しかしこれではキール大王の思惑通りである。カヲル自身、それに気付いているのかいないのか………。
「では決定だな。早速行って貰おう。
だがまだ2人だけでは心もとない。もう一人仲間を付けよう!
レイ!」
瞬間、彼等の目の前に緑の甲羅を背負った美少女(笑)が顕われた!
「レイ!
妖怪情報を集め、カヲルの手伝いをせい!」
「はい……」
陰気な口調でレイは答えた。
「何だか頼りないね。大丈夫なのかい、このレイとかいう娘は?」
「レイはお前達2人が諍いをして、周囲に被害を及ぼす前にそれを諫める事が出来る。
少なくともアスカ姫とお前は、気が合うという同士ではなさそうだからな。ひとり冷静に状況を把握出来るものがいないと、肝心の時にお前達の実力も発揮出来ずに無用の長物と化すだけだ。
そういう意味ではレイは最適だと言える。何事にも平常心で以って、対峙しているからな。」
「それは単に、何にも考えていないだけじゃないのかい?」
「とりあえずだ!人間界に入るには地獄界を抜ければ良い!
妖様漂う人間界を妖怪から守るが良い!」
「……誤魔化したわね」
とうとうアスカまでツッコミを入れ始めた。実は根底部分でアスカとカヲルは似ているのかもしれない。
「ふぅ……両手に花、と言いたい所だけど、僕は美少女には興味ないからね。そのつもりでいてくれたまえ、アスカ、レイ。」
「なぁ〜にほざいてんのよッ!こっちだってお断りよーだ!」
「どうでもいいけど、早く出発しましょう。仕事よ。」
それぞれの思惑はあれど、この3人ならば何とかなる……かもしれない。------今となっては、ひたすらそう思い込むしか術は残っていないキール大王であった。
「では行け!カヲルよ!
お前に力を思う存分振るって来るが良い!」
「言われなくてもそうするさ!(ニヤリ)」
一体誰が、この台詞の真意を理解出来たろう---危険な賭けになるであろう事は明白であったが、キール大王には、もはやレイとアスカに依存するしか手段はなかったのだろう。
---斯くして、カヲルとアスカとレイの妖怪退治という大義名分を翳した冒険が始まったのであった。
続劇
何故か出だしは超マジなのに、途中からギャグになってしまいました。 無い頭を一心不乱にして絞り出したのですが、私の語学力なんてこの程度ですね所詮(笑)。 まぁ自分でも頑張れる所までやってみたいと思ってます。挿絵も……時間が赦す限り頑張りたいと思います(^-^;; ……ところで『6歳シンジ最年少記録達成記念企画』という割には全然シンちゃんは出て来ないですな(←自分ツッコミ) ↑6000HITまでにはアップしたいです(笑) |