「トウジもケンスケも、みな家ないよ して他ん所へ行ってしもうた。
ツレは……ツレ言えるよーなんはおらんよーなってしもうた。……誰も」
巨大な爆発跡が湖となって、シンジの眼前に広がっていた。
「綾波にゃよう会わん。そがあな勇気なあ。
どがあな顔すりゃーえーんか、判らん。
アスカ、ミサトさん、お母ちゃん。………ワシャあどーすりゃーえんな?」
その時、シンジの耳にどこからか歌が聞こえてきた。
誰かがベートーベンの第9を鼻唄で歌っている。
声がする方に振り向くシンジ。
「歌ぁええのおや。」
そこには少年がいた。
湖につかった壊れた石像---天使の像の上に座っている少年。
歌声はその少年のものだった。
「は?」
「歌ぁ心を満たしてくれる。リリンのひり出した文化の極みじゃあ。
そがあ感じんか?碇シンジ君」
その少年はシンジの事を知っていた。
「ワシの名を?」
いぶかしがるシンジ。少年は答える。
「知らんもんはおりゃーせんわいや。
わりーが、あんたぁ自分の立場をもちーと知った方がええ思うで。
ワシャあカヲル。渚カヲル。
あんたと同じ、仕組まれた子供、フィフスチルドレンじゃ。」
少年の名はカヲル。シンジと同じくEVA操縦適確者、フィフスチルドレンだという。
「フィフスチルドレン?あんたが?あの……渚君?」
とまどうシンジ。
「カヲルでエエで、碇君」
名字を確認するシンジに向かって微笑む少年。
シンジは顔を赤らめつつ答えた。
「ワシも、あの、シンジでエエよ。」
シンジの言葉ににっこりと笑うカヲル。夕日が2人を茜色に染めていった……。
巨大な本部エスカレーター。
その上部でレイを待ち受ける人影があった。
エスカレーターから降りたレイに声がかけられる。
「あんたぁファーストチルドレンじゃねぇ」
その人影はカヲルであった。レイは顔を上げてカヲルを見つめた。
「綾波レイ。
おまやぁワシと一緒じゃのう」
「………アンタ、誰?」
黙って微笑むカヲルに、レイはいぶかしげな表情を見せた………。
本部施設ゲート前のベンチに座っているシンジ。その前のゲートが開く。
「おお。ワシを待っとってくれたん?」
「いーやぁ、あの、別に。あの、そがぁなつもりじゃ……」
「今日は?」
少し屈んで目線をそろえる様にするカヲル。
「あの、定時試験も終わったし、後はシャワー浴びていぬるだけじゃけど……
ほんまは帰りとうないんじゃ。……この頃」
「帰る家、ホームがあるちゅう事実は幸せに繋がる。ええ事よ」
カヲルのきっぱりとした答えにシンジは戸惑う。
「ほうか?」
「ワシあんたともちーと話がしたいのう。一緒に行ってええか?」
「え?」
「シャワーじゃいや。これからなんじゃろ?」
「お、おお。」
「いけんのんか?」
「や、そ、そがぁな訳じゃ、なあけど……」
そうして2人は寄りそう様にし、大浴場へと向かった。
本部内にある大浴場でくつろぐシンジとカヲル。
平然としているカヲルに対して、シンジは照れ臭そうに下を向いてはにかんでいた。
「一次的接触をバリ避けるのう、あんたぁ。こわぁんか?
人と触れ合うんが。他人を知らんにゃあ、裏切られる事も、互いに傷付く事もなあ。
ほいじゃが寂しいんを忘れる事もなあで。」
カヲルが言った。
「人間は寂しさを永久にないよーする事は出来ん。人はひとりじゃけえのう。
ただ、忘れる事が出来るけえ人は生きてけるんじゃ。」
大浴場の照明が消えた。
「時間じゃ。」
とシンジ。
「はあ終(しま)いなんか?」
「うん……はあ寝んにゃあ」
「あんたと?」
「え?あ、いーやぁ、カヲル君にゃあ部屋が用意されとる思うで……別の」
「ほうか…」
カヲルの言葉にドキッとするシンジであった。
「常に人間は痛みを感じとる。
心が痛がりじゃけ、生きるんもえろう感じる」
立ち上がってシンジに語り掛けるカヲルであった。
「ガラスみとーに繊細じゃのう。
特にあんたの心は」
「ワシが?」
「おう、好意に値するわぁ」
「コウイ?」
「好きゆう事よね」
カヲルのそのセリフは、シンジが今まで自分に対して言われた事のない言葉だった。
電気の消えたレイの部屋------ベッドの上でレイが腹ばいになっている。
「ウチ、なんでここにおるん?」
ポツリとつぶやく。
「ウチ、なんで、まだ生きとん?」
自分自身に問いかけるレイ。
「なんしに?」
何度も繰り返し、問いかけるレイ。
「誰の為に?」
天上に輝く月。そして壊れたゲンドウの眼鏡。
レイの頭の中に浮かぶ、不思議な少年のイメージ------カヲル。
「フィフスチルドレン。あんなは、ウチと同じ感じがする……なんでじゃろ?」
その頃、シンジはカヲルの部屋にいた。
「やっぱりワシが下で寝るわあ。」
そのカヲルの言葉にシンジが答えた。
「えーよ。ワシが無理言うて泊めてもろーとんじゃけえ。ここでえーよ。」
夜は静かに更けてゆく……。
「あんたぁ何話したいん?ワシに聞いて欲しい事があるんじゃないんね?」
カヲルにうながされるまま、シンジは語った。
ここに来る前の事を、穏やかで何もない日々の事を---。
「色々あったんよ……ここに来て……。来る前は先生の所におったんじゃ。
穏かで、なーんもない日々じゃった。ただそこにおるゆうだけの…。
ほいじゃけど、それでもえかったんよ。ワシにゃーなーんもする事なかったんじゃ
け。」
「人間が、嫌いなんか?」
カヲルは聞いた。
「別に………どーでもえかったんじゃ思う。
ただ、オヤジは嫌いじゃった。」
素直に心情を吐露するシンジの姿があった。
とりとめもなく、カヲルに自分の事を話すシンジ-----会話が途切れた時、シンジが何げなくカヲルを見ると、やはりシンジを見ていたカヲルと目が合ってしまった。
「ワシはアンタに逢う為に、生まれて来たんかもしれんのう。」
シンジの顔を見つめながらカヲルは言った。
ドキッとしたシンジ-----頬は真っ赤に染まっていた。
そして夜は更けてゆく。
ケイジ内。カヲルは弐号機の前に立って語り掛ける。
「さぁ、行くで。来いや、アダムの分身、ほいからリリンの下僕」
…………と。
空中に1歩を踏み出すカヲル-----その身体は宙に浮いていた。
「嘘じゃあ嘘じゃあ!!カヲル君が使徒じゃったゆーて、そがぁなん嘘じゃいや!!」
その声は震えていた-----驚愕と、裏切られた怒りの為なのか。
シンジはカヲルが使徒だと知って動揺する。
だが出撃命令は変わらない-----。
「遅いわーや、シンジ君」
カヲルは心配する様に頭上を見上げた。
追撃が始まった。
「裏切ったのぉ!ワシの気持ちを裏切ったんじゃあ!!
オヤジと同じに裏切ったんじゃあ!!」
かなりの速さでセントラルドグマを下降してゆく初号機-----シンジの顔は悔しそうであった。
「おった!!」
「待っとったよ、シンジ君」
初号機の姿を頭上に認め、安心した様な顔を見せるカヲル。
「カヲル君!」
シンジがカヲルに向かって手を伸ばした。
その時、初号機の手を弐号機が掴んだ!
組み合う2体のEVA。
しかし、カヲルは何をするでもなく、その光景をしっと見つめていた。
「アスカ!!わりぃ!!」
シンジはプログナイフを取り出した。
瞬間、弐号機も同時にナイフを抜いた!!
「エヴァシリーズ。アダムより生まれし、人間にとって忌むべき存在。
そがぁなん利用してまで生き延びようとしよるリリン。
ワシにゃあ判らんわ。」
対峙する2体のEVA。
その光景を見つめていカヲルの表情は、どこか寂しげであった。
プログナイフがぶつかり合い、激しく火花を散らす。
「カヲル君!!やめーや!なんでなんや!!」
叫ぶシンジ。
「エヴァはワシと同じ身体で出来とるんよ。
ワシもアダムから生まれたもんじゃけぇのう。
魂さえなけにゃあ同化出来るわいや。
この弐号機の魂は今、自ら閉じ篭っとるけぇのぅ。」
カヲルはそう言った---。
そうしてはじかれた初号機のナイフがカヲルの方へとそれた!
そのナイフをあっさりとATフィールドであっさりと受け止めるカヲル。
プログナイフを手も触れずに、はねのけるカヲル。
「ATフィールド???」
半信半疑のシンジ。
「そう、あんたらリリンはそう呼んどるのぅ。
なんぴとにも犯されん聖なる領域。
心の光。
リリンも判っとんじゃろう。ATフィールドは、みなが持っとる心の壁じゃゆう事を
。」
カヲルはそう答えた。
信じていた友人が使徒だった----それはシンジの心を動揺させるに十分であった。
シンジは叫ぶ。
「そがあなん判らんわいや!カヲル君!」
弐号機のナイフが初号機の胸に突き刺さった。
その痛みに耐えながらも、弐号機の首筋に向かってナイフを突きつけるシンジ。
もはや、作戦行動と言うよりは、本能による死闘といった光景になっていた。
EVA同士の死闘に背を向けるカヲル。
「人の運命(さだめ)か。人の希望は悲しみに綴られとるのぅ………」
目を伏せるカヲル-----それと同時に発令所全体が揺らいだ。
それによって、すべてのモニターが探知不可能となってしまった。
地下のホールへと落下していく2体のEVA。
そして巨大な氷柱を上げて着水した。
落下したショックから目覚めたシンジはカヲルの名を呼ぶ。
その声に背を向けるカヲル-----身を乗り出してシンジは叫んだ。
「待てや!!」
だが、その追いかけようとする初号機の足首を弐号機が掴んでいた。
ヘブンスドアへの通路を煤進むカヲル-----視線を走らせただけでキーロックが解除された!
戦う2体のEVA。
その時、周囲を激しい揺れが襲った。
何かが地上で起こっているのだろうか!?
その時!!!ターミナルドグマの結界周辺にATフィールドが発生した。
結界の中に侵入しようとする何か。
だがすぐに消失してしまった。
その何かとは、何とレイであった!!!
ターミナルドグマに立つレイ。
その頃、カヲルはアダムの前へと辿り着いていた-----。
「----アダム。ワシらの母たる存在。
アダムより生まれしものはアダムの還らんにゃあいけんのんか?
人を滅ぼしてまで」
アダムを見上げながらカヲルはそうつぶやいた。
七つの目が見えた-----その時、カヲルはわずかに顔をしかめた。
「違わーや。こりゃあ……リリス」
彼の語調は驚きに満ちていた。
そのアダムの後方にある核自爆ユニットが大音響と共に外れた。
その置くから、頭にプログナイフを突き立てられた弐号機が出現し、LCLの上に倒れこんだ。
弐号機を冷たい表情で見ているカヲル-----その目には哀れみも慈しみもなかった。
倒れこみ、動かなくなった弐号機の後ろから、ゆっくりと巨大な姿を現わす初号機。
初号機を見て微笑むカヲル-----その後ろにリリスの巨大な顔が見えた。
刹那、初号機はカヲルを握った!
「ありがとのう、シンジ君。
弐号機はアンタに止めとって貰いたかったんよ。
そうせにゃあ、あんにと生き続けたかもしれんけえねえ。」
「カヲル君……なんで……」
「ワシが生き続ける事が、ワシの運命じゃけえよ。結果、人が滅びてものう。
ほいじゃがこのまんま死ぬる事も出来る。生と死は等価値なんよ、ワシにとっちゃあのう。」
カヲルは語り出した。
「自らの死----それが唯一の絶対的自由なんよ。」
「何を……カヲル君?おまやぁ何言よんかわからんわいや!?」
「遺言よーね。」
シンジは沈黙する-----。
「さぁ、ワシを消してくれーや。そうせにゃあ、アンタらが消える事になるで。
滅びの時を逃れ、未来を与えられる生命体はいっこしか選ばれんのんよ。
ほんでアンタは死ぬるべき存在じゃあないけえ。」
そうカヲルはシンジに言うと、チラリと上を見上げた。
その視線の先にはレイが立っていた。
冷ややかな目の彼女はカヲルを見つめている。そのレイを見てカヲルは微笑んだ。
「あんたらにゃあ未来が必要じゃ。」
優しく言うカヲル。
「……………」
シンジは何も答えない。
「ありがとうのう。アンタに逢えて嬉しかったよ。」
シンジのインダクションレバーを握る手が震える。
うつむき、表情は見えない-----。
長い、長い、沈黙の時が流れた-----。
やがてシンジは命令を実行した……………………。