痛い木

★★★名作変★★★
福音戦士「キャンディ・シンジィ」

愛野いずみ






六.テリィの適格者の巻


シンジは今、広がる大空の下で大地を蹴っていました。そこはネルフの丘。

シンジの大好きな場所です。

綾波、ここがネルフの丘だよ。ボクの大好きな場所。ボクは小さい時からここによく来ていたんだ。

ここで遊んだ。アスカと2人だけの誕生日をやった。悲しい時もここで泣いた。それから…、ここであの人にも会ったんだ…、ボクだけの王子様。白い膚、紅い瞳の王子様…。

最初は、綾波を観た時、王子様かと思ったよ。だって、とても似てたんだ。

綾波も白い膚に、紅い瞳だっただろ?それでさ…。でも、でもね、綾波、ボクは王子様に似てたから綾波が好きになったんじゃないんだよ…





シンジは心の中でレイの面影に語りかけました。やはり、人は死んでより美しく心に蘇るものなのでしょうか?今シンジの心に居るレイは、生きている時よりも更に慈悲深い微笑を浮かべ、シンジを見守ってくれているような気がします。

そんなシンジの瞳に、見慣れたピラミッド型の屋根が飛び込んで来ました。

ネルフの家です。ネルフの家はシンジの故郷、ゲンドウ先生や冬月先生はシンジのお母さんです。

「せんせ〜い!シンジ、ただいま戻りました!(涙)」

「シンジ、久しぶりだな。どうだ、補完の方はシッカリ出来たか?」

ゲンドウ先生は少し感情表現が下手な所があるので、久しぶりにシンジに会っても素直に喜ぶという事をしません。シンジもそれが判っているので、冬月先生と目を見合わせて笑いました。冬月先生は落ち着いた性格なので、ゲンドウ先生とはいいコンビに見えます。

折しも、シンジが帰って来た季節はクリスマスでした。先生達は子供達に渡すプレゼントのため、近所の名士達から寄付金を募っていました。孤児院のような施設は、こういった心ある人達からの寄付金で成り立っていけるのでした。

でも、最近は寄付してくれようとする人も減り、先生達はいつもやりくりに苦労していたのです。そんな中でも子供達にプレゼントを忘れない先生達…。シンジがサンタクロースの正体を2人の先生だと知ったのは、何才の頃だったでしょうか?あの時、シンジは心から先生達の感謝したのです。今度は、シンジが恩返しをする番です。シンジが子供達にプレゼントを作るのです。





ネルフの丘でのクリスマスパーティも、無事に終わりました。ゲンドウ先生、冬月先生、子供達…みんなに囲まれて束の間の安らぎを噛みしめるシンジ。もう、どこにも行きたくない。このままここで、先生達と子供の面倒を看るのもいいかもしれない…。

ネルフの丘から下りると、ネルフの家の前に豪華な車が停まっていました。

「わ〜、スゴ〜イ!カッコイイ!!」

ネルフの家の子供達は、車が珍しくてたまりません。こんな田舎では滅多に車が走っていないのです。

よく観ると、車には渚家の家紋(三葉葵)が入っています。

「あれは…ミサトさん!リツコさん!!」

シンジが喜んで家のドアを開けると、そこには観た事のある男性が一人、先に帰った先生達にもてなされていました。

「…加持…さん…」

「お久しぶりです、シンジさま」

加持と呼ばれた男は、シンジに対し深々と頭を下げました。

「な、何しに来たの、加持さん?ボクは帰らないよ…」

「渚家にお戻り下さい、シンジさま」

加持の瞳は柔らかな物言いとは裏腹に、鋭くシンジを凝視しています。加持は必ず、シンジを渚家へ連れ戻すつもりでしょう。

「い、イヤだ!ボクは戻りたくない。いくらミサトさんやリツコさんが居ても!
綾波の思い出の多い第三東京市になんて…あんなとこ、居たって何にもいい事なんかないよ!!」

「ミサトさまもリツコさまも、もうあちらにはいらっしゃいません。これを…」

加持の手からシンジの手に渡った物は、2人からの手紙でした。

『シンジくん、突然居なくなってしまってビックリしました。置き手紙を観て、またビックリ。私達は今、京都に来ています。ここでいろいろな事を学ぶために学院に入るの。シンジくんも一緒に過ごせたら楽しいだろうな…。楽しみに待ってます。京都限定のビールも美味しいワヨン』

「ミサトさん、リツコさん…」

シンジは今更ながらに、置き手紙だけで渚家を出て来た事が悔やまれました。

きっと、シンジが同じ事をされたら、こんな風に手紙を書けたか疑問です。

「シンジさまにも京都に行って頂きます。そこで、ミサトさまやリツコさまと同じ学院に入学して頂きます」

「京都に…?イヤだ、そんな遠い所!だって、神奈川県を離れたらここにも綾波の薔薇園にも行けなくなってしまうし…」

「カヲルさまのご命令です」

興奮しているシンジが余計に昂揚してみえる程、加持の言葉は自己のペースを崩そうとはしませんでした。

「カヲル大おじさま?」

「はい、カヲルさまのご命令は絶対です」

「カヲルさま、カヲルさまって何だよ!そんなに命令したけりゃ、自分で命令しに来ればいいんだ!大おじさまは何にも言わないんだもの、それで判ってくれなんて、無茶だよ!」

シンジは興奮して、テーブルの上にあったコーヒーメーカーを倒してしまいました。中のコーヒーが零れて、床からはシューシューと白い湯気が発ちました。その湯気の中から、

「行くのだ、シンジ。京都で人類補完計画を学んで来るのだ」

とゲンドウ先生の声が響きました。

「そうだ、シンジくん。世界はシンジくんに委ねられるのだから…」

ゲンドウ先生の後を追うように、冬月先生が穏やかにシンジを諭しました。

「…判りました……」





思えば、ネルフの家を出る時はいつも、シンジの運命が変わる時でした。前回はみなしごから渚家の養子に。こんな180度も自分の境遇が変わってしまう人生って、他の人は経験し得ないでしょう。まるで小説のような人生だ…、自分の人生ながら他人事のように感じてしまうシンジでした。

豪華客船「びくとりあ号(ホントに芦ノ湖にあります(笑))」に揺られ、豪華なパーティ衣装に身を包んだシンジですが、そう考えるとどうも呑気にパーティを楽しめない気がするのです。

「ぅ…さむ…」

シンジは自分で自分の肩を抱いて、

「やっぱり甲板は冷えるな…」

と独りごちました。

その時…

「♪スイミンスイミンスイミンスイミンスイミンぶっそっく!」

という歌声が靄の中から聞こえて来ました。決して美しいとは言えないけれど、元気のいい少年の声です。

シンジが声のする方に近寄るにつれ、声の主の姿がハッキリして来ました。

その少年は、茶系のズボンに水色のトレーナー、頭には野球帽を被っていました。もともと痩せている体質で、首や腰などが細いシンジとは違い、その少年はよく太って健康そうでした。

「ん?なんだ、おめぇーは?」

少年が振り向いて、シンジに問いました。

「あ、ご、ゴメンなさい。歌が聞こえたから、誰か居るのかと思って…。折角の歌を邪魔してしまったね…。ゴメン…」

「あ?ああ、そんな事気にするなよ。それにしてもお前、ヒョロヒョロとして細ッこいなぁ〜。モヤシみたいだぞ」

「ハハ…(汗)」

少年は屈託なく笑います。シンジも釣られて笑ってしまいました。

「俺ゃあ、熊田カオル。みんなはブタゴリラって言うんだ」

「ボ、ボクはシンジ、碇シンジっていうんだ。シンジでいいよ…」

「ふぅ〜ん、シンジか…」

少年はシンジの周りを回りながら、注意深くシンジを眺めました。

「モヤシンジだなっ!」

シンジはカオルに呆気に取られました。

「な、何だよ、モヤシンジって!!」

「ピッタリな名前だろっ!」

カオルはシンジが納得しないままに、笑いながら靄の中に消えてゆきました。

「シンジさま、どうなさいました?こんな所にいらしては、お風邪をお召しになります」

一つの声が靄に消え、もう一つの声が現れる。その声は加持でした。

「あ、加持さん…。ゴメンなさい、どうもパーティは…」

「では、お部屋に戻られますか?」

「はい、そうします…」

加持に促されるようにして、シンジは靄の中を歩き始めました。ふと、先程の少年が思い出され、加持に尋ねました。

「加持さん、さっきの男の子…」

「ああ、熊田家のお坊ちゃんですか?お知り合いとは存じませんでした」

「いいえ、知りません…。有名な人なんですか?」

「ええ、なんでもご実家は八百屋をやってらっしゃるようですよ。ご自身も大の野菜好きだとかで…」

流石は加持、シンジの知りたい事はなんでも即座に答えてくれます。加持はカヲル大おじさまの片腕とも言われる人物です。シンジの聞きたがっている事など、取るに足らない、愚問とも言えるレベルでしょう。

しかし、そんな彼にも答えられない、絶対に答えてはいけない質問があるのでした。

「ね、加持さん…。カヲル大おじさまってどこにいらっしゃるの?お手紙を出しても、Eメールを出してもお返事さえ下さらない」

「それは、いろいろとお忙しい方ですので…」

「加持さん、カヲル大おじさまってどんな人なの?ボクは1回も会った事ないんだ、養子にしてもらったのに…。
どうして大おじさまは会って下さらないんだろう?教えてよ、加持さん!」

「シンジさま…」

カヲル大おじさまがどんな人か?いつも側近くに侍っている加持にとっては簡単な問いです。けれども、カヲル大おじさまの側に居るからこそ、シンジには答えられない問いなのです。

「シンジさま、唯一つ、私が申し上げられる事は…、真実は人の数だけある、という事です。
さ、もうお部屋にお戻りなさい。京都はもうすぐですよ。風邪など召されては、お迎えにみえるミサトさまやリツコさまもガッカリなさるでしょう」

シンジは釈然としないまま部屋に戻りました。

追っても追っても実態の掴めないカヲル大おじさま。シンジの人生はこの人によって変えられているというのに。

そしてまた、カヲル大おじさまの考えに添って、京都の地を踏もうとしているシンジなのでした。


続くわよ〜ん(笑)



★カヲル大おじさまの存在に疑問を抱きつつも、従わざるを得ないシンジ。彼の存在は、神の前の無力な人間に過ぎないのか?
京都に着いたシンジは、ミサトやリツコと共に学院生活を送る。そこで知り合う、新たな仲間・再会する友…。彼らは、シンジに何を教えるのか?
次回クラスメートとしてアスカ再登場!第七話「アスカ、再来」
みぃ〜んなで観てね(笑)

θ⌒⌒θ
(wハwハwハ ←なんじゃ、コリャ(笑)
八^_^ノノノ



★七.アスカ、再来の巻★



天使
胎内回帰